第97話「攻撃と防御」

 わたしは、柱の陰から飛び出した。


 部屋は暗いから、伝わったのは音。それでも何が起きたか想像出来ていた。盾が壊れる音だと思った。初めて聞いた音だった。


 さっき、わたしが跳ね返した飛び道具は、わたしの武器に似ていた。足元に落ちていたのは、尖った鉄の棒。わたしに目掛けて飛んで来たのは、簡単に盾で跳ね返ったのに…。ジオのと同じ木の盾だったのに…。わたしに投げた時は本気じゃなかった。


 まさか、飛び道具の威力を見誤らせるために、遊んでいた?


 ジオを守らないといけない。わたしの顔は真っ青だったに違いない。






 俺は、木の砕ける音を聞いていた。


 穴の開いた盾は、体の正面に構えたままだった。さっきの衝撃で体が硬直していた。


 次の瞬間、盾は粉々になり、盾に空いた穴から現れた男の拳が近づく。躱せないが、それを目で追う。


 胸に衝撃。


 また息が詰まる。盾を壊す威力の一撃で、鎧が大きく変形する。肋骨が折れたかもしれない。しかし、痛くない。痛すぎて感覚が麻痺している。後ろに倒れ込む。誰かの声が聞こえる。






 私は、一瞬だけ記憶が飛んでいます。


 ジオさんの名前を呼んだ後、どうしたでしょうか? 柱の陰から出たのは、いつでしょうか? 今は、男の目の前に居て、軍で習った格闘術で戦いを挑んでいます。


 顔を目掛けて、何度も殴りかかっては躱されます。


「何なんですか、この人は? 私、訓練教官にだって勝ってたんですよ?」


 胴を狙って放った蹴り技を簡単に受け止められます。腕を掴んで投げ倒そうとしますが、全く通じません。


「こんな、こんな事って…」


 私が少し時間を稼げば、倒れているジオさんが起き上がってくれます。きっと、そのはずです。そうでなければ嫌です。






 わたしは、ルオラが戦っているのを呆然と見ていた。


 男は笑っていて、彼女の攻撃を簡単に受け流している。まるで子供を相手にしているように。


 それでも、彼女の努力は無駄にならなさそうだった。最初と違って、男は彼女に正面を向けて相手をしていた。つまり、背後が空いている。


 素早く寄ったダニーは、今度は噛みつかずに、前脚を使って攻撃した。高く振り上げ、頭を狙って単純に振り下ろす。この攻撃だって、盾を壊せそうな威力に見えた。


 男はルオラを突き飛ばすと、すぐにダニーの方へ振り返る。両手を交差させて頭上に持って行く。受け止める気だ。


「いてえな。左手噛まれてたの、忘れちまってた」


 重い一撃を受け止め、自らの体の頑丈さを確かめていた。男はまだ楽しんでいた。ダニーがもう片方の前脚を振り上げると、男は距離を取った。額に血が滲んでいる。完全には防御出来ていなかった。


 ルオラはジオの傍に移って、抱きつくようにして名前を呼んでいた。返事は無い。


「そいつが持ってた、これを探してんのか?」


 男がそう言いながら、皮の袋をつまんで出した。


「儂が火の魔法を使うと分かって、油を使って自滅させようとしたんだな。前にも似た事を考えた奴が居てな…」


 男の言葉は最後まで続かない。ダニーがまた近寄っていったからだ。


 今度はすぐには攻撃しない。ダニーと男は正面を向いて睨み合う。ジオの策は読まれていて、その道具は奪われた。ルオラも出来る事は無い。わたしも泣きそうだった。






 俺は、意識が朦朧としていた。


 拳の一撃を受けたんだった。体が思ったように動かない。深刻な状況だ。傍に居るルオラの声はよく聞こえない。必死に呼び掛けているのは分かる。


 体を少し起こして、リージュの方を見る。彼女は離れた所に居て、祈るような姿勢で立っている。


 一撃を受ける直前、自身に風の防御魔法を使ったのを憶えている。もし、俺の魔法だけならもっと大怪我だったに違いない。つまりは、そういうことだ。


 男の方を見る。ダニーと向き合い、睨み合っている。見覚えのある皮袋が、男の手にあるのが見えた。そして、それは部屋の端に捨てられた。油の袋を手放した男は、俺が落とした松明も拾う。そして、それを逆の方に投げ捨てた。


 俺の武器はふたつとも無くなったが、それでも今は戦う時だった。


「俺達は忙しいんだ。子供の治療をしないといけないし、住む家も探したいし、仕事も探さないといけない…」


 俺は、大きな声で言ったつもりだった。だが、声は出ていなかったかもしれない。体は痛いが起き上がりたい。ルオラが支えてゆっくり立たせてくれる。その彼女に言う。


「あいつを、倒す方法が分かった」

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