第42話 「目覚め」

 私は、ジオさんより反射神経がずっと良いと思い込んでいました。


 紋章の光を見て思わず出した手は、ジオさんの手の上に重なりました。体を動かすのは私が速いと思っていましたが、案外そうでもなかったですね。そんな事を思いましたが、すぐに眠くなってきました。


 でも、それも気のせいみたいで、寝てしまったりしません。さっきからなんだか変な感じがします。


 ジオさんもマイカもダークエルフさんも見えなくなりました。ここはどこでしょうか?


 森の木々はどこでしょうか?


 暗い場所に一人で居ます。誰かの魔法にかけられたのでしょうか…。


 誰かの声が聞こえますが、何の話でしょうか?


 宝石、神様、世界、壊れる、なんだか分かりません。酷く早口になったり、途切れたりする不思議な話し方です。一人の声なのに時々重なって聞こえるような声は変です。魔法が解けても内容を覚えていられるでしょうか…。





 

 俺は、マイカの声が聞こえて感覚が正常に戻った。


「二人とも、押さえなくていいって。消えたよ。光」


 気付くと、俺の周りは真っ暗な森に戻っていた。いや、どこか別の場所に居たわけではないと思うが…。二日も三日も寝ていた様な感覚。何が起きたのか分からないが、落ち着き過ぎている自分に驚く。


「思わず、紋章を手で押さえて…」


 自分の取った行動を思い返し、言葉で言い表す。横になったままのリージュと、自分の手と、そこに重なるルオラの手を見る。眩しい光は消えている。


 夢現のように俺の顔を眺めているルオラは、まだ動かない。紋章を確認するために手をどかす。紋章は光を失くしただけでなく、跡形も無く消えていた。


「消えた?」


 そうか、魔法は発動したのか。夢を見たようだが、あれが魔法の効果か。あの時間はどれくらい長かったのか?


「マイカさん。俺が紋章を手で押えた後、どれくらい時間が経ちましたか?」


「何って? 押さえた瞬間に光りは消えちゃったよ。時間なんて全然経ってない」


 あの長い時間は体感の時間であって、実際の時間ではなかったか。伝言の魔法は不思議な経験だった。


 紋章が消えたら、一先ず隠れている必要は無い。俺達の危機的状況は節目をひとつ越えた。兵士達が森に近づいているのが探知出来る。この前のように、リージュが目覚めてくれればいいのだが…。






 わたしは、ずいぶん長く寝ていた気がする。


「あれ、真っ暗だ」


 横になったまま、思わず出た声に緊張感は無かった。


 最後の記憶は、昼間の馬車。息が苦しかった。視界が黒く染まって、何も見えなくなっていった。耳鳴りが酷くなって何も聴こえなくなっていった。


 あの時、誰かが支えてくれたような気がするけれど分からない。今は息苦しくない。真っ暗だけれど、目が慣れれば何か見えそうだ。


「よかった。気が付いたか?」


 ジオの声が聞こえた。目が慣れてきて顔も見えてくる。


「大丈夫か? 返事は小さな声で頼むぞ」


 この男は、いつもわたしの心配をしている気がする。あの女の人も居る。誰だか知らない人も居る。


 ここは森の中かな? なんでこんな所に居るんだろう。ジオは説明してくれるかな?


「起きてすぐに済まない。立てるか? 前は、起きてすぐに元気だっただろ?」


 ジオの言葉は説明じゃなかった。どういう事か…。


 宿で倒れた時は、治った後にすぐに立てた。今は横になっているけれど、体が軽く感じる。いつもよりも速く走れて、高く飛べそうな気がする。


 上体を起こす。自分の体に変化が無いか、両手と両足、体を見回す。体が軽く感じる原因はありそうにない。月明かりだけでは暗くて見えにくいけれど、いつも通りだ。


 あの後、何があったの?


「よし、逃げるぞ」


 何が? 誰から? どこへ? どういう事か、教えてくれないの?


「ルオラとマイカは兵士を引っ張って欲しい」


 マイカも兵士も誰なの? もういいよ。後で絶対説明させてやる。逃げればいいんでしょ?

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