第41話 「発動」
俺は、少しだけ話を聞いてから、二人の間に割り込む事にした。
薄暗い森の中で周囲の雰囲気は悪いが、感動の再会なのだろうか? こんな状況でなければ俺が関わる事ではないのだが、このままルオラに任せておくと話がややこしくなる。
「話を遮って済まない。俺はジオと言う。ルオラの友人だ。理由は俺達にも分からないが、突然現れた覆面の連中に追われている。こっちの女性が魔法で倒れてしまって、意識が戻るまでここに隠れていたい。軍の訓練を邪魔したのは悪かった。もし助けてもらえるのなら、今の軍の状況を教えて欲しい」
「友人? 友人ね…」
マイカと名乗る女性は何かを疑っているようだ。俺は嘘を言っていない。今、重要なのは、それではない。
「何か嫌な予感はしてたから、いいんだけど…。ええと、夜間訓練は中断で、すぐにでもルオラ姉さん達を探して捕まえる話になりそう。ここに捜索隊が来るのも時間の問題」
「やはりそうか。しかし、君はどうしてここに俺達が居ると分かったんだ?」
「混乱の中で訓練をすぐに抜け出して、ここに逃げ込むのを見つけていたから」
「他の誰かにも見つかっているだろうか?」
「多分、大丈夫。ただ、大人数で探し始めたら、さっきも言ったけど時間の問題。でも…」
「でも、とは?」
「追ってた連中は、全員捕まったんじゃないの?」
「いや、まだ他にも居て、それが厄介なんだ。この訓練場にも探しに来ると思う」
この女が幻かどうか考えたが、おそらく違う。ルオラ本人が一年会っていない妹に、あの子供が化けるのは難しいだろう。
会話を合わせるための情報が収集しにくいし、そもそも存在を知る事が困難だ。そして、二人の会話は短かったが、違和感は無かった。あいつが声を変えられないのも分かっている。
「まあ、そんな事もあるだろうと思って、逃げるのに要りそうな物を持ってきたよ。と言っても、訓練場には木刀とかしか無いんだけど…」
「さっき地面に置いた荷物がそれか。助かる」
「はあ、思ってたより面倒な事態だったわ。姉さんに会えたのだけは良かったけど…」
「もう、君も行くといい。俺達と一緒に居ると、君の立場が悪くなる」
「嫌だ」
「嫌だって? 俺達の置かれている状況を全部説明したわけじゃないが、かなり深刻なんだ。巻き込まれたら損をする」
「嫌だ」
何を嫌がる理由があるのか? 俺達は捕まっても彼女の不利になるような証言はしないが、それにしたって懲罰を受ける事があり得る。
「マイカ、行ってください」
ルオラだって当然そう言う。
「姉さんのためになる事、したいんだ」
「マイカ、言う事を聞いて」
「なんとなく事情を聞いちゃったけど、そんなのも、どうでもいいんだよ」
「はぁ…。ジオさん。マイカは言い出したら聞かないです」
言い出したら聞かないのはルオラも同じだ。しかし、彼女が説得出来ないなら、俺には絶対無理だろう。気の済む様にしてもらうしかないか…。せめて彼女の妹がなるべく不利にならないように配慮しよう。
「この後の事なんだが、あいつが起きない間は逃げるのが難しいから、もう少し隠れていようと思う」
「でも兵士がここに来るって、マイカが…」
ルオラが心配するのも当然だ。
「そうなんだが、変化があって、紋章の光が強くなってる。服の上からでも光ってるのが分かるんだ。もう封印が解けると思う。まあ、俺の勘が外れてる可能性もあるが…」
「分かりました。もし、それまでに兵士が来たら、私とマイカが注意を引いて森の外に誘導します。ジオさんは傍に居てあげて下さい」
「ちょっと姉さん。いいけど、本当にいいの?」
「いいけど、本当にいいです。魔法の事は分かりませんから」
「二人っきりで置いて行ってもって…。いや、分かんないや。いいよ。指示に従うよ。姉さんと一緒に行く。さっきの荷物に鉄兜が入ってる。これで顔を隠して」
冒険者も軍の兵士も使っている鉄兜は、頭部を守るだけでなく、顔を隠せる鉄の仮面が付いている。仮面は薄い板で、視界が通るように小さな穴がいくつも開いている。
本来は顔を負傷しないようにするもので隠すためのものではないが、これなら容易に顔が分からないだろう。他の荷物は木剣だった。何も無いよりはいいだろう。
リージュの息遣いが荒くなる。額に手を当てると熱い。当然、紋章の部分はもっと熱くなっている。紋章の仕組みは分からないが、光が強くなっている。
兵士はまだ探知出来る範囲に来ていない。三人でリージュを見守る。今のところ仮定通りだ。
だが、俺は全部を分かっていなかった事に気付いた。
「ちょっと待てよ。しまった。まずいぞ」
「どうしましたか?」
ルオラの不安そうな声。
「多分、伝言文の魔法って言ったろ。魔法の封印が解ければ、伝言文が聞けると思ってたんだが…」
「はい」
「どうやって聞くんだ? そもそも封印って勝手に解けるのか?」
「え、どうするんですか?」
「正直、分からん。マイカさん。こういうの見た事ないか?」
リージュの服の裾をめくってマイカに見せる。
「いや、ちょっと何を…。いやいや、何それ? 見た事なんて無いよ。光るって何?」
俺にも分からないし、二人にも分からない。紋章の光が強くなり、周囲が昼のように明るくなる。俺達は森の深い位置に居るが、このままでは森の外から見えてしまう。
「まずいって」
「森の外から見えます…」
呟きながら体を動かしたのは、俺とルオラだった。
強くなった光で兵士に見つかってしまう…。そう思って、光る紋章を手で押えた。俺達は両手を重ねて紋章を覆うが、熱を帯びて光る紋章は隠しきれない。指の隙間から光が漏れる。光はさらに強くなり、漏れた光だけでも森の外から見えそうだ。
本当にまずい状況だと思ったが、その危機意識は徐々に薄れていった。気が付かなかっただけで、魔法による変化が起きていた。
そうか。ただ触れていればよかったのか。単純じゃないか。
眠りにつく瞬間の様な、起きたばかりの様な不思議な感覚。夢を見ているようだ。
俺はリージュの横に膝をついていたはずだが、横になっている様な、立っている様な不思議な感覚。上も下も分からない。暗い水の中に浮かんでいるような、沈んでいくような緩い感覚。
紋章の魔法が発動したのか?
周りは暗く、誰も居ない。明るかった光は、どこにも見えない。
他の音は聞こえないが、その声は、はっきりと聞こえた。その男性の声は丁寧に説明する。その長い伝言文を落ち着いて聞く。周りの様子もルオラの事もどうなっているか分からなかった。
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