第85話「返事は無い」
わたしは、ダニーと一緒に森の中を進んで来ていた。
わたしの探知魔法は、何の異常も感じていなかった。ダニーの鼻も耳も、何かを察知した様子は無かった。森の中を散歩している様な気分だった。
森の中の分かれ道を何度も曲がった。どっちに曲がったかをちゃんと覚えているから、入り口に戻るのは簡単だ。もう少し進んでから戻るつもりだった。
もしかして、余程のはずれを選ばない限り、遺跡に着くように出来てるのかな?
遺跡がどこにあるかなんて知らなかったし、適当に道を選んだつもりだった。気が付いたら、道の正面に遺跡が見えていた。
その遺跡は、建物ではなく大きな丘にしか見えない。
平らな場所の地面が丸く膨らんだような丘があり、全体が木々で覆われている。知らなければ森の一部にしか見えない。切り出した大きな石が丘の端に並んでいて、そこが地下室への入り口になっているように見える。建物というより洞窟という方が合っている。
もしかしたら洞窟の中は、壁や天井が石で作ってあるのかもしれない。穴を掘って作ったというより、石で作った壁や天井を大量の土で後から埋めた様な、そんな印象の遺跡だった。いつからあるのかは想像もつかない。
わたしが立ち止まった場所は、偶然だけれど遺跡よりも高い場所で、周囲を見渡す事が出来た。だから探知魔法を使っていなかったとしても、そいつらを見つけるのは簡単だった。
その集団は、わたしとは違う道を通って遺跡まで来たらしかった。離れていて、声や足音なんかは聞こえない。向こうは、こちらには気付いていない様子だった。
他にも誰か居ないかと周囲を見回し、探知魔法も使う。その集団とは違う方向で、その集団から見えにくそうな位置にジオとルオラの姿が見えた。丁度、ルオラがジオを茂みに押し倒したところだった。
私は、朝から落ち着いていませんでした。
起きた時から胸騒ぎがしていて、森に着いてからは、より一層落ち着かなくなりました。せっかくジオさんと二人になれたのに全然楽しくありません。ジオさんは魔法に集中しているのか、話し掛けても素っ気無い返事ばかりです。私も周囲に注意を払っていたので、途切れ途切れに話し掛けていただけでしたが…。
ジオさんは、近くを細かく探るために探知魔法の範囲を狭くしていたのかもしれません。人が居るなんて思ってなかったのかもしれません。私がその集団に気付いたのは偶然でした。
木々の隙間に何かが見えた気がして、ジオさんを呼びました。
素っ気無い返事が返ってきました。
もう一度呼びました。
また素っ気無い返事です。その集団に見つかる訳にはいきません。ジオさん、乱暴ですが許してください。
俺は、考え事に集中し過ぎていた。
ルオラは俺を茂みに押し倒し、仰向けに倒れた俺に馬乗りになってから顔を近づけてきた。頬と頬が触れ合うくらいに近づいて、耳元で彼女が言う。
「ちゃんとしてください」
三十人程の集団には気が付いていた。彼女に声を掛けるのも、隠れるのも忘れていた。失敗だった。
「済まない。もう大丈夫だ」
彼女の両肩に手を添えて、耳元に囁いた。集団の様子が気になるのか、彼女は顔を向こうに向けている。耳が赤いのは、どこかにぶつけたせいだろうか? 後で治療しよう。
わ、わたしは動揺していた。
夜に繁華街を歩いた事があるから、誰かの逢引きは見た事がある。しかし、知っている人と他人とでは見た時の衝撃が違う。
どう、どうしよう。ダニー、ちょっと、どうしよう…。
当然だが、ダニーは全く慌てる様子が無い。集団の方に鼻先を向けて集中している。
そうだよね…。慌てては駄目。ちょっと焦ったけれど大丈夫。
注意を向けないといけないのは、離れた位置の集団の方だ。
人数は三十人程。一人を除いて他の全員が男性。殆どが武器を持ち、鎧を着込んで大きな鞄を持っている。声は聞こえないが、話をしながら遺跡の地下に入って行く。
目立つのは大男。この男だけ、武器も鞄も持たずに歩いている。他の人達が武器を持たずに、この男だけが持っていたら間違いなく用心棒だと思っただろう。服の上からでも鍛えているのが分かる体格だった。
背の高い女性も目を引く。長くて青っぽい色の髪は、ダークエルフだ。一番後ろを歩く様子は落ち着いていて、魔法使いならこちらも用心棒、そうでなかったら指揮官だ。他の人達と格が違う印象だ。
その女性の前に居るのは、大きな狼。ダニーに劣らない大きさで、列について進んで行く。ダニーがこの狼を目で追っているのは簡単に分かった。ダニーが走り出すようなら止められなかったから、動かないでいてくれて助かった。
連れ去られたダニーの仲間? あの狼を追ってきたの?
小声でダニーに聞くが、答えは当然返ってこない。わたし達は隠れたまま、集団が遺跡に入って行くのを待っていた。
ジオが、わたしの事に気付いていない訳が無い。ジオの方を見つめていると、二人が茂みから起き上がって、服に着いた葉っぱや土を払い始めた。
俺は起き上がった後、探知魔法でリージュが居る事に気付いた。
リージュの方を見上げると、向こうの方が先に俺を見つけていたのか、こっちを見ている顔が見えた。俺達の方に来る旨を手で合図している。合流して、どうするか相談しよう。
わたしが二人の所に着くと、駆け寄ってきたのはルオラだった。
わたしに抱きつくようにして、耳元で呟く。
「み、み、見てましたか? 違うんです」
ジオはジオで、伏し目がちになって何かを呟いている。
「俺が悪かったんだ。済まない。ちゃんと償いはする」
何? この面白い状況…。
でも、今はそれどころじゃない。
「ちょっと、落ち着いて二人とも。何があったか全然、ひとつも、何にも見てないけれど、あの連中は何?」
二人がいつもの様子に戻るまで、少し時間が掛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます