第86話「迷う三人」

 俺はリージュの話を聞いて、情報を整理する。


「あの連中は、動物を探しに来た冒険者といった印象じゃなかったんだろ? なら考えられるのは組織の連中だ。宝石の影響を受けたかもしれない動物か、宝石そのものか、どちらかを探しに遺跡にやって来た。こんなに街に近い森で大きな鞄は不自然だから、調査の道具か何かを持ち込んだんじゃないだろうか」


「中で何をやっているのかな?」


「見当がつかないな…」


「遺跡っていうと、生贄の儀式とかを想像しちゃう…」


「どうだかな。危険な連中だが、そんな事するのかな…」


「あっ」


「どうした?」


「狼が居たの。ダニーと同じくらいの大きさの。ダニーの仲間かもしれないの。殺されちゃうんじゃ…」


「こればかりは何とも言えないな」


「様子を見に行こうよ。通気口でも、横穴でも、覗いて何やってるか確かめないと…」


「組織にこちらから寄って行くのは、危ないかもしれない。もし行くのなら、立ち去った後で中に入るのがいい。その方が安全だ」


「でも…」


「相手の人数が多過ぎるんだ」


「ダニーはきっと行きたがってる。ねぇ、ルオラ、何か言って…」


「私は…」






 私は、あの遺跡に近づきたくありません。


「私は行きたくありません。街へ戻りましょう」


「どうして…」


 私の胸騒ぎの原因は、あの遺跡にある気がします。悪い事が起きそうで仕方ありません。


「リージュさん、分かって下さい。あの場所は危険です」


 ダニーさんには悪いですが、諦めて下さい。






 俺は迷っていた。


 勘でしかないが、街の宝石探しの女は、リージュがさっき見たというダークエルフの女としか思えない。


 組織の連中が三十人、何かしようと遺跡に集まった。ここで、俺達が遺跡の中を覗きに行ったとしよう。そして、組織の行動を観察する。特殊な道具を持っていたりすれば、その使い方を見れば、組織の秘密が少しくらい分かるかもしれない。宝石の探し方に特別なやり方があるかもしれない。それを知る事が俺達の身を守る事に役立つかもしれない。


 上手くいけばの話だ。


 その事とは別に、単純な好奇心は疼いて仕方が無い。宝石を見つけて、売って儲けようなんて気は全く無い。この世界の秘密が何か分かるかもしれないなら、少々の危険はやむを得ないと思っている。


 俺の勘が当たっているとは限らない。全員のうち数人だけが組織の人間で、他は俺の知らない団体の人間が混ざっているなんて事もあり得る。しかし、不思議な宝石を探している奴らがそうそう居るとも思えない。様子を探れば、正体も分かるかもしれない。


 問題は、連中が武装しているという事。確実に危険が伴う。地下室がどうなっているか、構造が分からない事も問題だ。さらに、洞窟の中や屋内では、風魔法は不利になりやすい。


 他にも気になる事がある。変わった動物を生み出しているか、操っているのは、組織の誰かなのではないかという疑いがある。手に入れた宝石の効果の確認なのか、理由は分からない。しかし、不思議な事があれば、原因が宝石にあると疑っていい。組織が何か企んでいると考えていい。


 俺が行動に踏み切れない最後の理由は、今日の俺が目の前の事に集中しきれていない事。ここに来るまでは思わなかったが、今はあまりいい予感がしない。はっきり言って調子が悪い。






 わたしは、覚悟を決めた。


「ルオラ、いつもわたしの心配をしてくれて有り難う。きっと大丈夫。わたしは、ダニーに恩返しがしたいんだ。ダニーが行きたがってるから行くよ。ジオも…」


 ジオに対して言いたい言葉を飲み込む。一緒に来てとは言えない。


「またね」


 二人に背を向けて走り出す。無理をするつもりなんて無い。ちょっと様子を見るだけだ。それだけだ。


 遺跡に向かいながら、考えを整理する。


 連中は、わたしの事に気付いていないだろうから、わたしの追跡を警戒しているわけじゃない。それでも、狭い地下室に進んだ相手を追って、その部屋に入るのは危険だ。本当はそんな心配は要らないかもしれないけれど、待ち伏せされているかもしれない。罠を置いているかもしれない。


 そうでなくても、単純に入り口から入って行くわけにはいかない。地下室の入り口がひとつとは限らないが、通路の途中で鉢合わせになれば、怪しまれて捕まるのは目に見えている。だから今は、違う入り口を探すしかない。


 例えば、真っ暗な地下室内を照らすために松明が置いてあるとする。じゃあ、その煙はどこに行くのか?


 きっと、大きな通気口が天井にあるはずだ。そこからなら、気付かれずに中の様子を窺えるかもしれない。ジオの言うとおりに何かを探している最中なら、わたしに注意が向きにくいはず。それほど危険は無いはずだ。


 安心出来るように色々と考えるが、どうにも解決出来ない問題は、わたしが風の魔法使いである事。確実に不利だ。松明を持って暗い部屋に入る時、不用意に魔法を使えば松明を消してしまう。狭い室内では、風の魔法は使いにくい。


 ダニーが居る事は心強い。中が暗くて見えなくても、鼻だって耳だって優秀だ。しかし、体が大き過ぎる。地下室が狭ければ、身動きが取れないかもしれない。通路が狭くなっていれば、途中で進めなくなるかもしれない。


 ダニーと並んで走りながら、段々と怖くなってきた。


 発想の柔軟なジオであれば、不利な地下でも風魔法を上手く使えるかもしれない。


 槍を持ったルオラは、細い通路で相手を圧倒出来るだろう。


 でも、わたしの我儘で二人を危険に晒したくない。今からだって一緒に来て欲しいけれど、絶対に言えない。


 遺跡はすぐそこだったけれど、入り口には近寄らない様にしないといけない。わたしだったら、そこに見張りを一人残して中に進む。遠回りして、入り口の左側に回り込んだ。丘になっている部分の周囲は、石畳になっていて木が生えていない。ここを歩いて通気口を探そう。


 丘の外周は大きそうで、一周回るのにどれくらい時間が掛かるだろうか? 見当はつかない。そんな大きな丘の中には、どんな広さの地下室が収まっているのか? 三十人が入って行ったんだから相当だ。これなら通気口がたくさんあって、ひとつくらいは簡単に見つけられないだろうか…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る