第87話「疑問」
俺は、ルオラを説得するのに必死だった。
「嫌な予感がするのは分かった。なら、せめてここでリージュが戻って来るのを待とう」
ルオラは俺の方を見たり、遺跡の方を見たりと忙しそうに顔を動かす。返事は無い。
「だから、何故そっちに行こうとするんだ?」
ルオラは、何故か遺跡の方に歩いて行こうとする。二歩程進んだところで、手を引っ張って引き止める。彼女は、遺跡の方を見つめて言う。
「どうしたいんですか?」
俺には、この言葉の意味が読み取れない。
宝石の秘密を知るために、本当は遺跡に行きたい俺の本音を見透かしているのか?
危険を顧みないリージュの行動に疑問があるのか?
遺跡の中で何をしているか分からない組織に疑問を投げ掛けているのか?
言葉を話せないダニーの行動を読み取りたいのか?
どれとも断定出来ない。俺はどうしていいか分からず、手を掴んだまま立っているしかなかった。
私は、どうしたいんでしょうか…。
いつもはこんな風じゃありませんが、今日は嫌な予感が当たりそうで怖くて仕方ありません。危険がありそうな場所に大切な友達が向かったのを見て、私自身はどうしたいんでしょうか?
俺は、遺跡に近づく事に決めた。
「ルオラ、ルオラ、もう少し離れた所で隠れていてくれ。俺がリージュの様子を見てくる」
彼女の返事は無い。仕方が無いので彼女の正面に回り、頬に右手を当てて目を見つめる。
「聞いてくれ。この木に隠れていてくれ。行って来る。あと、これを着ているといい」
彼女が少し震えているのが分かった。小さく頷いたのも分かった。本当は一緒に居るべきなのかもしれないが、今、危険な場所に居るのはリージュだ。急いで合流しよう。
俺は、綺麗に畳んでおいた服を鞄の中から出して彼女に手渡し、走り出した。
わたしは、誰かが近づいている事に気が付いた。
ダニーはどう思っているのか分からないけれど、わたしについてきてくれている。後ろに迫っている誰かにも、きっと気付いている。その誰かは、様子がおかしい。
振り返ってはいけない。風の魔法で位置を探り、立ち止まって様子を窺う。尾行に気付いている素振りを見せてはいけない。わたしは木の実か何かを探しているだけ、そんな風に装って様子を窺う。
わたしが立ち止まると、そいつも立ち止まる。それを三回程繰り返す。
確実にわたしの様子を窺っている。背筋が冷たくなった。確実に敵だ。わたしの隙を突こうと狙っているに違いない。
俺は遺跡の傍に誰かの気配を感じ、立ち止まる。
リージュは、どこに行ったのか? 通気口から中を覗くと言っていたから、真っ先に正面の入り口に向かったとは思えない。一番近くに感じる誰かの傍に行ってみようか。
遺跡の入り口から右手に回った方、少し進んだ所にリージュが立っている。俺に背を向けたままで、こちらを見ようとしない。どうしたのか…。
わたしは、敵と戦う事に決めた。
様子を見るだけのつもりで遺跡に近づいたけれど、この相手はわたしを自由にさせてくれそうにない。先手を取って倒してしまおう。わたしの切り札は、奇襲に向いている。
距離は二十歩程、敵は木の影に隠れている。わたしが歩き出せば、敵もきっと歩き出す。木の影から出た瞬間、敵の方に振り返って鉄の粒を飛ばす。相手が怯んだら、近づいて剣で倒す。それで行こう。
「ダニー、わたしが倒すから。少し待って」
伝わるわけは無いけれど、小声でダニーに言った。ダニーは、敵に向かって行く様子が無い。もしかしたら、わたしの力を試そうとしているのか? わたしに任せてくれるのか? どちらにせよ、この敵は、わたしが倒す。
剣は鞘に納めたまま、盾を持った左手に力が入る。右手で飛び道具を用意する。こちらの手に無駄な力は入っていない。いけると思う。
私が行動する前の事だった。
木の影に隠れた敵は、わたしに聞こえるように大きな声で言う。
「ふむ。木の影から出たら、何か飛び道具を飛ばすつもりなんだな。怖い奴だ」
わたしは息を飲み込んだ。声が出なかった。何が起きているか分からなかった。力んでしまって、右手で鉄の粒を握りしめた。声は続く。
「お前には、何が起きているか分からないだろ?」
何? 誰なの? どういう事?
敵は隠れていた木の影から出たが、見通しのいい場所には姿を現さない。枝が折り重なった場所を通ってゆっくり近づいて来る。これでは、わたしの飛び道具が使えない。
魔法? 何かの魔法?
ダニーが小さく唸る。これはいけない。野生の動物は魔法を理解出来ない。いくらダニーが強くても魔法で弱点を突かれ、簡単に倒されてしまうかもしれない。
「待って、ダニー。わたしがやる」
ダニーをかばう様に前に立ち、木陰の敵を睨む。半身になって盾を構え、膝を少し曲げて立つ。前にも後ろにも行けるように、両足に均等に体重をかける。
あいつは何なの? わたしの攻撃を先読みしてた。勘がいいだけ?
敵は、ゆっくりだが確実に距離を詰めてくる。きっと、わたしを倒せる自信がある。
「ダニー、あいつから離れよう。後ろに下がろう。すぐには倒せない」
手の平をダニーの鼻先に当てるように差し出し、下がるように促す。今は距離を取らないといけない。わたしは考えないといけない。
俺は、深く考えなくても分かっていた。
目の前のリージュを見つめる。一人で走り出した彼女は、心細い思いで居るに違いない。俺が寄って行けば、間違いなく安堵の表情を浮かべて、名前を呼ぶに違いない。一緒に行ったダニーが居ない。これらから推理出来る事はひとつだった。
俺に背を向けて立つ彼女は、まだこちらを振り向かない。俺の方からゆっくり近づいて行く事にする。
いや、いいか。こいつの考えている事は分かる。作戦に付き合ってやる必要は無いな…。
俺は、近づくのを止めて声を掛ける事にした。
「もういいぞ。そんなの通じない。知ってるだろ?」
この問い掛けに返事は無い。それでもいい。言葉を続けよう。
「そういえば怪我は治ったか? あの時のあれ、痛かっただろ?」
返事をしないリージュは、ゆっくりと振り返る。前髪で顔が隠れていて、目線が読めない。暗い表情をしている。
いつも持っている盾はどこにやったのか、彼女は盾を持っていない。俯いたまま、左の腰に差している剣を右手でゆっくり抜く。その剣をそのまま俺に向けて殺気を放つ。こうなる事は分かっていた。
俺が見ているのは、偽物で幻だ。
幻なんだから、何があってもおかしくない。俺の目の前の彼女は、剣を構えた姿のまま二倍くらいの背の高さに巨大化した。本物なら驚いて逃げ出すしかない。
俺の目の前の様子は、さらに変化する。俺を見下ろす彼女の幻の左右に一人ずつ、同じ姿の彼女の幻が現れて、三人の姿が並ぶ。同じように巨大化した剣の切っ先は、当然俺の方に向いている。
これが現実ならば、生き残れる気がしないが、本当の敵は一人しか居ない事は分かっている。あの時の子供は、また俺を襲ってきた。向かって左の巨人に重なって立っていて、俺に斬りかかる隙を探っているのだろう。
俺には余裕がある。さて、今回はどうしてやろうか。
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