第88話「気付かない事」
私は、ずっと木の影で蹲っていました。
私だけ遺跡に近づかずに居ますが、一人で街に戻ったとして、どうするのでしょうか? 組合に助けを求めたら、誰か来てくれるでしょうか? あの二人は無茶な事をせずに、すぐに戻って来るのでしょうか? ここに居たら安全なのでしょうか?
考えても答えは出ません。
不意に、ジオさんにもらった服の事を思い出しました。乱暴に丸めてある服を広げてみます。
毛布くらいの大きさで、長方形の布です。生地は薄いです。袖や襟なんかは有りません。真ん中に穴が空いています。きっと首を通す穴ですね。服と言っていいのか分からない、単純で原始的なものです。しかし、気になるのは柄です。緑と茶色が斑模様になっていて、素人が染物をして、しかも失敗したような色使いになっています。
折角ですから着てみますね。着るというより羽織るが正解でしょうか? 穴に首を通すと、布は体の前と後ろに垂れ下がり、鎧の上から全身の殆どを隠します。
なんだか不思議な服です。両脇が大きく空いていますが、来たり脱いだりは簡単です。何でしょうか?
地面を見ると、帽子が落ちているのに気付きます。一緒に丸めてあったのですね。柄も同じです。
あれ、おかしいです。何故すぐに気付かなかったのでしょうか? もしかして、この模様は、森の色合いに似ていて、見えにくいのでしょうか?
わたしの行動は、敵に先読みされている。
でも、飛び道具は何で分かったの? そんなのおかしい…。
短剣を投げるのが得意な人は、冒険者にもたくさん居る。でも、それを予想したのなら、短剣と言うはず…。わたしの武器は短剣じゃない。何かがおかしい。不自然。違和感。不思議。分かりそうで分からない。
後ろに下がりながら考える。
この敵は、最初から変だった。そうだ。最初から、尾行の時から変だった。わたしが立ち止まった時、あいつは変だった。わたしが立ち止まる前に、もう立ち止まっていたんだ。先読みにしては、勘が冴え過ぎている。
茂みから出てこない敵に言う。
「魔法だよね? 何が見えているの?」
返事は無い。でも、構わない。
試しに鉄の粒を飛ばしてみる。相手から動きが見えにくいように、盾で右手の動きをなるべく隠しておく。
簡単に躱される。そう何度も使ったわけじゃないけれど、初見で躱された事は今までに無かった。茂みの向こうの影は、素早い動きで躱したんじゃない。わたしが撃ち出す前に体を動かしていた。まるで、どう動けば躱せるか知っていたかのように…。
二発目、三発目を続けて撃ち出す。同じように躱される。魔法で何かをしている。一体何をしているのか? 余裕ぶって近づいて来ない間に対策を練らないといけない。
予想のひとつ目。未来を予知する魔法の場合…。
世界には予言者なんて呼ばれる人が居て、明日や一週間後、一年後に起きる事が分かるって言ってる。あいつは、それと似たような何かの魔法を使っていて、わたしの攻撃を躱しているのかもしれない。あり得ない話じゃない。けれど…。
あいつは、「お前には、何が起きているか分からないだろ?」って言ったんだ。これはおかしい。わたしは、何が起きているか分からないと言葉に出していない。
予想のふたつ目。わたしの考えている事を読み取っている場合…。
これだって、同じようにわたしの攻撃を躱すのに役立つ。それに、わたしが思っただけの言葉を読み取れる。こっちの予想が合っていそうな気がする。
あいつは、わたしが混乱し、精神的に疲弊するのを待っている。さっきから距離を詰めるふりをしているだけだ。なんとか声が聞こえるくらいの距離を保っている。もしかしたら、この距離に秘密があるかもしれない。
しかし、わたしが気になったのは別の事だった。
あいつ、動物の…、ダニーの考えている事は分かるのかな?
素朴な疑問だったが、頭から離れない。危機は続いていて、対策は思いつかないけれど、わたしは落ち着いてきていた。
俺とあの子供が対峙するのは三度目だ。
子供は訓練場で見た時とは違い、幻の使い方を変えている。あの時は、作った幻に重なって立っていたが、今は違う。幻を俺の正面にだけ作り、姿を消した自身は、俺の背後に回って攻撃してくる。
考えれば、訓練場の時の戦い方には納得出来る。
何人も兵士が居るような戦場で透明になって立っていれば、不意に味方にぶつかられたり、味方が空振りした剣が当たりそうになったりするだろう。幻と重なって立っていれば、この危険をかなり軽減出来る。
例え幻であっても、そこに味方が居ると分かっていれば、誰だってぶつからないように意識する。敵の兵士は仕方が無いが、味方のせいで怪我をする事は考えにくい。正しい判断だ。
たった今は、他の誰にも遠慮は要らない。俺と一対一で戦う分には、自身を透明にしても何の問題も無いというわけだ。
しかし、どんな幻を使っても俺には効かない。風の魔法で位置を探り、本当の攻撃だけ避ける。簡単だ。
ボクは、力を示さないといけない。
この男には、ボクの幻の魔法が効かない。幻を怖がらないし、姿を消しても居場所を特定される。この男は、どうやら風の魔法を使うようだ。本来、人族が使えるのは火の魔法だから、自身を特別だと思っているのか?
腹が立つ。
剣の扱いを見ると弱そうで、大した事無い奴としか思えない。でも、ボクは、そんな奴でさえ倒せない。そう思うと、とにかく苛立ちが収まらない。
ボクは、火や風の魔法は使えない。これらの魔法が使える人が呼ばれる時、ボクは呼ばれない。組織の大人はボクの魔法を特別だと褒めてくれるけれど、全然嬉しくない。旅にも冒険にもボクの魔法は役に立たない。戦って誰かに勝った事が無いし、まして、宝石を見つける事に役立った事も無い。
結果を残さないと、組織にボクの居場所は無くなる。
「こんな事、もう辞めろ」
ボクの剣を躱しながら、あいつは言った。
うるさい。無理を言って、ついて来たんだ。
「自身の出来ない事は分かるだろ?」
分かってないだろ? ボクの事情を。お前はずっとそうなんだ。お前を倒して、結果を出すんだ。
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