第111話 合理的なやり方

 狭い室内で極力な風の魔法を使う事は難しいけれど、わたしの切り札はそうじゃない。


 鉄の筒から鉄の粒を発射する時は、筒の周りに風を起こすだけで済む。大きな風は不要だ。ただし、相手が近過ぎると硬い鉄の粒で大怪我をさせてしまう事と、暗いと精密に狙うのが難しい事に注意が必要だ。


 人質を取る強盗に遠慮は要らない事。窓のある明るい部屋なら、人質の看護師さんに当たる事を避けて精密に狙える事。今の状況なら使える。


 鉄の筒に鉄の粒を込めているわたしに対し、組織の女は言う。


「面白いものを使うのだな」


 その言葉は無視してやった。


「ルオラ、手伝って。わたしが部屋に入って一撃するから、後から入って看護師さんを連れ出して」


「分かりました」


 中に居る強盗は、部屋の扉の前に人が居るかなんて分からない。だから、わたしの心を扉越しに読める筈が無い。部屋に入って、心を読まれる前に終わらせるつもりだった。


 突然、手を掴まれる。


「それでは駄目だ。待っていろ」


 目の前の事に集中し始めて苛立ちが少し収まったわたしの代わりに怒ったのは、組織の女だった。わたしの顔の前に、人差し指の先を突き出して言った。わたしは、驚いて棒立ちになってしまった。


「邪魔するわけじゃないが、言う通りにしろ」


 女はどこかに行って、すぐに戻って来た。そして、持ってきた物をわたしに手渡す。呆気にとられたわたしに対し、丁寧な説明が始まる。


 紅茶を淹れる時に使う小さな布の袋。


 それに紅茶の葉を目一杯詰めてある。これで紅茶を淹れたら、濃過ぎておいしくない。指で摘まむと柔らかくて頼りない。今、これが必要な理由が分からない。


 次に渡されたのは、床に落ちていた真っ直ぐな鉄の筒。椅子の脚だから、わたしの持っているものより太い。


「錠剤の粒をいくつか入れてあるから、茶葉だけより重みがある。その包みを筒に詰め、風で押し出せ。当たって血が出る事は無いが、速度に応じて十分に痛い。間違って人質に当たっても、謝れば済む。」


 この言葉を聞いたわたしは、冷静になった。狙った所に上手く当たらず、わたしが人質に怪我をさせるかもしれない事。組織の連中が森で無差別な罠を張った事。どっちも同じだ。今は苛立ってはいけない。


「閉まったままの扉の前に立つ時、筒は水平にして顔の前に構えておけ。狙い撃つ準備は、全て済ませておけ。扉が開く前に構えておくんだ。そうしておけば、筒先を小さく動かすだけで狙う事が出来る。大きく動かしていたら遅すぎるんだ」


 言われた通りに扉の前に立つ。部屋に勢いよく飛び込むつもりだったが、これは困る。片手で筒を持ち、もう片方の手も筒に添えて風を起こす準備をすると、わたしは扉を開けられない。両手が塞がって、扉の取っ手を掴めない。


「扉は、そっちの女が開けろ。こいつの邪魔をしないように」


 手が足りないから、二人目の手を借りる。合理的だ。こんな事は、ジオだって思いつかない。


「内開きだから、取っ手を回して奥へ開け放て。お前は室内に一歩だけ進み、一瞬で中の様子を見回して、強盗の位置を把握。すぐに一撃しろ」


 説明に続きがありそうだから、女の顔を見る。


「一撃したら横歩きで室内を数歩移動。扉の前から移動して、そっちの女の進路を開けるんだ。歩きながら、次の紅茶の包みを込めておけ」


 無言で頷く。


「そっちの女、やる事は分かるな? 人質を取り返し、強盗に渾身の一撃だ」


 旅の途中で戦った時、ジオの指示はこんな風だった。順を追って丁寧に、役割と目的も明確に。この女は、ジオと気が合いそうだと思った。


「連携に乱れがあると失敗する。ここと離れた部屋で三回練習しろ」


「えっ」


 わたしは、開いた口が塞がらなかった。

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