第110話 話に何度も水を差す

 夕方になり、わたしがルオラに帰るように言った時だった。


 今晩はわたしが待合室に泊まり、彼女には帰って休んでもらう。当然あの子も連れて帰ってもらう。翌朝には交替して、待合室で起きたわたしが仕事を探しに行く。そんな予定を思い描いていた。


 わたし達の平和を乱す組織の女は、唐突にやって来た。


「こんばんは。我々の謝罪を受け入れて欲しい」


 この女は組織の都合で謝りに来て、その都合をこちらに押し付けてくる。腹が立つが、迷惑料を受け取ろうと思うなら交渉は必要だ。先日にルオラが追い返した時と違い、わたし達には話を聞く余裕が出来ていた。


「反省しましたか?」


 ルオラの返事に対し、何も付け加えたい事は無い。


「我々は話し合い、反省している。本当に申し訳無い」


 女は片膝を地面に突き、頭も下げる。丁寧な所作だったが、わたし達は素直に受け取れない。


「少しだけ待っていて下さい」


 ルオラは、そう言ってから小声になる。


「どうしましょうか?」


「はぁっ。悩むところだよね。考えちゃうのは、もしジオなら何て言うかだけれど…」


「私は、かなり怒っているんです。ですが…。その…」


「ジオなら、いいよって言っちゃいそうだよね…」


「そうなんです。でも、全部では無くて…」


「そうだよね。最初に確認すると思う」


「ですよね」


「そうそう…」


 怪我をしたのがルオラかわたしだったら、ジオは、わたし達が驚く程に怒ったに違いない。掴み掛って、殴り掛かって、怒り散らしたに違いない。けれど、自身の怪我に対しては、「治るんだからいいよ」と、きっとそう言う。簡単に赦してしまう。あいつは、そういう奴だ。


 けれど、今回の出来事を振り返り、いくつか注文を付けるに違いない。看過出来ない事がある。その事はわたしも同じで、ルオラだってそうだった。


 待合室の長椅子に座るわたし達三人。傍に立つ組織の女。女が話し始める前、ルオラはわたしに目配せをした。わたしは、子供の小さい手を確りと握った。


「先にいくつか確認させて下さい」


「分かっている。まず我々の事を話そう」


 わたし達は、黙って聞く。


「我々は学者の集団で、色々な研究をしている。その活動の一部で、あの森に行った」


 女の態度は毅然としていて、組織の代表として来ている自覚がよく伝わった。ただし、それは対等な立場で交渉をしに来たような態度で、謝罪に見合った態度とは違う。


「我々は、本来は武装しない。そうしてずっと活動してきた。ただ、ここ最近、研究の対象を暴力で奪われる事が数回あった。悔しい事だった」


 この相手がクローの関係者かもしれない事は、わたし達には簡単に想像がついた。


「その相手を捕まえたかったから用心棒を雇い、おびき寄せる罠を張った」


 無関係の者が来てしまう事は想像しておくべきで、その配慮が無かったかは、質さないといけない。


「時系列が前後するが、第三城塞都市には、ある程度の荒事に対応出来る仲間を送って調査をさせた。そのうちの一人が、そこの子だ。そっちでは用心棒も大勢雇ったそうだ」


 その被害者もわたし達で、その時は返り討ちにしてやった。この子が何故そこに同行していたかは、窺い知る事が出来ない。


 ルオラが話を遮る。


「その事は…」


 離れて話しましょう…。彼女の言いたい事はすぐに分かった。この子が聞かなくていい話、思い出したくない場面が語られるかもしれない。


 正しい配慮だが、その言葉は更に遮られる。


「ガーネットさん。お話し中、済みません。急ぎです」


 待合室に飛び込んできた病院職員は、女の返事も待たずに耳打ちする。


「困ったな。すぐに処置しよう」


 そう言って、わたし達に背を向ける。


「話は一時中断だ。待っていてくれ」


「何ですか? こちらも重要な事でしょう?」


 ルオラは、少し苛立っている。わたしもそうだし、言いたい事も同じだ。


 女は深い溜め息の後、一言で事情を説明する。


「強盗だ」


 わたしとルオラは顔を見合わせる。嫌な予感があった。わたし達は、組織以外からも追われている。病院に強盗が押し入るなんて不自然で、気になった。様子を見に行きたいと思った。

 

 あの子を看護師控室に預け、組織の女の後にルオラと二人でついてきた。一階の受付窓口付近には、いつもの落ち着いた雰囲気が無かった。


 悲鳴を上げている者は居ない。静かだが、様子は異常だ。


 口を手で押えて動揺し、動けなくなってしまった受付の係員。尻もちをついて動かない待合の客。倒れた椅子と散らばったその部品。書類の束も落ちている。そこに目立つのが、床に落ちた血。警備員が二人倒れていて、傍に寄った看護師が処置をしようとしている。


「犯人はどこだ?」


 組織の女は冷たく言った。森で、わたしに剣を突き付けた時の雰囲気。優しさなんてどこにも無い。自身の組織を学者の集団なんて言ったが、この女は違う。魔法も使い、戦う訓練をしている。とても強い。そんな気がする。


「看護師を人質に取って、そこの部屋に…」


「妙だな。金貨を掴んで逃げたなら分かるが…」


「その…。ダークエルフを呼べと言って、短剣を振り回して暴れて…」


「それで呼びに来た訳だな。しかし、何故ここに居る事が? それに何の用があって?」


「分かりません。妙な男です。警備の者がどこに居るか分かっている様子で、次々に短剣を投げて…」


「一人なんだな?」


「そうです」


 わたしは、この話に割り込む事にする。そうせざるを得ない。


「待って」


 これは、わたしが招いた事かもしれない。


 警備の厳重な病院にわざわざ踏み込んだ強盗。人質を取る卑怯な行為。人数は一人。警備員の配置を何故か知っている。まるで心を読む魔法でも使うみたいに…。短剣を投げたと言われたら、顔だって思い浮かぶ。ダークエルフを呼ぶ理由だって思いつく。胸騒ぎが収まらない。


「呼んでいるのは、多分、わたしだ」


 この組織が、誰かに恨まれている事だって想像出来る。女は、自覚があるような事を言った。現にわたし達が恨んでいる。でも違う。わたしの勘は、違うと言ってる。


 勘が当たっているなら、こうだ。


 森で目を覚ましたあの男は、装備を回収に来たわたしを見つけた。ダニーと別れたわたしを追おうとしたけれど、街までの道は隠れる所が無い。自身が怪我をしていて、正面からは戦いを挑めない。離れて街まで追ってきた後、行方を探してここに来た。


 男は、わたしを始末したい。今後の仕事を上手くこなすためには、心を読む魔法を使う事を誰にも知られたくないから…。知っていて生きているのは、多分、わたしだけだから…。


 そして、名前の分からないわたしの事を呼び出せと言った。わたしを殺し、わたしが誰かに喋った事を見込んで、周りの人も殺しに来た。


 そんな事はさせない。


 森でわたしがとどめを刺しておけば、こんな事にはならなかった。しかし、こんな事が起きるなんて思いつかなかった。ダニーだって、気絶させるだけに留めた。この病院への襲撃は、あの男が悪い。わたしは悪くない。ないけれど…。


「この事は、わたしに任せてください。ちゃんと看護師さんを助けます」


 整然と言ったけれど、心の中は苛立っていた。中途半端な謝罪に来た組織の女。少し上手くいき始めた時に水を差す面倒な強盗。わたしの心に引っ掛かるものを吐き出す為に、怒りを強盗にぶつける事にしよう。


「わたしの荷物を出して下さい」


 この強盗は、わたしが退治する。

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