第78話 良案

「ごめんなさい。馬は見つけられませんでした」


「一体、どこに繋いだんだろうな。五人組の方は馬車かもしれないが、それもどこかに隠してあるんだろうな」


 ジオは、下を見たままルオラと話していた。


「森に隠れていた人達が二人組とは言い切れませんが、三人目は見つけられませんでした」


「そうか、お疲れ様。怪我してないよね? その辺に座って休んでていいよ」


 馬車の所に着くと、二人はいつも通りだった。ジオはしゃがみ込んで、倒れている三人を縛りつけていた。ルオラはその傍に立って話し掛けていた。わたしの方には背を向けていた。


「あの、二人組の方も運んできた方が良かったですか?」


「いや、俺が運ぶからいいよ。その松明持って一緒に来てくれ」


「はい。分かりました」


 ルオラは上手く隠しているよね。ジオは、ルオラを変に意識してるわけじゃないんだよね。まあ、今は疲れたから、どうでもいいや。


「あのさ…」


 二人に声を掛けたら、二人は同時に振り返った。


「あっ」


「いや、違うだろ」


 ルオラは気配で何となく、ジオは魔法で確実に、大きな何かが寄って来ている事には気付いていたと思う。わたしが馬を見つけてきたと思っていたのかもしれない。だから二人が驚いたのは、馬だと思ったものが馬じゃなかった事が原因だ。


「あの、兎です」


 ルオラはゆっくりと手を出し、指差して言った。


「いや、絶対、兎じゃないぞ」


 ジオは立ち上がり、ルオラの横に並んでから否定した。


「ずっと前から兎です」


「いや、どういう意味、それ?」


「その…」


 わたしの横で立ち止まった狼は、兎を咥えている。ルオラはそれを指差したのだろう。


「そのって、もしかして…」


 ジオはそう言って言葉を止めた。


 一体何を思ったのか? ずっと前から、とはどういう意味なのか?


 わたしはすぐには分からなかった。正面に立つジオの顔と隣に居る狼の口元を何度も交互に見る。狼は一歩前に出ると兎を地面に置いた。


 あ、そういう事か。


 今までルオラが兎を捕まえていたと思っていたけれど、本当は違った。わたし達はそれを何の疑いもなく食べていた。


 狼は、何故わたし達に兎を持って来ていたのか? わたし達を助けるため? 自分の強さを見せるため? 分からない。


 狼は体の向きを変え、森の方に戻ろうとする。今夜の仕事は終わったという事だろうか。


「待って」


「待ってください」


「待て、待て、待て」


 わたしとルオラとジオが同時に声を出した。わたしは狼の首元に抱きつき、引き止めようとした。ルオラは尻尾を掴んでいて、ジオは胴体にしがみついていた。


 わたしは狼に助けてもらった事に運命めいた何かを感じていて、一緒に旅がしたかったから引き止めた。二人が何を思ったかは分からなかった。






 私は、この狼さんを知りません。


 私は、ジオさんの顔色を見ていました。なんとなく引き止めたそうな表情だったので、思わず先に声が出てしまいました。ジオさんが止めたいと思った理由は想像出来ませんが、何か意味がありそうです。


 それ以外に理由を付けるなら、施しをしてもらったお礼をしたかった事でしょうか。人は食べ物を保存しますが、狼はしません。


 食べるものに困っていませんか? 何かの理由で私達を優先して食べ物を譲っていませんか? 狩りは毎日成功するものじゃないでしょう? 少しの間、一緒に居ませんか?






 俺は、思い付いた事があった。


 追手を順調に撃退していく途中、この連中から馬を奪えれば有り難いと思っていた。


 しかし、馬は見つからないのかもしれない。ルオラが探しに行っても見つからない程の遠くに繋いであるのか、逃げてしまったのか、森の深くに隠されているのか分からないが、もう期待は出来ない。何か考えないといけなかった。


 雪の多い地域に行った時、犬がそりを引いているのを見た事があった。この狼は力が強そうだし、体格も大きい。本来は、普通の大きさの犬が十頭以上でひとつのそりを引くはずだが、こいつなら一頭で十分そうだ。


 たった今引いて欲しいのは車輪のついた俺達の馬車で、それを楽々と引いて行く姿が想像出来ていた。


「絶対に逃がすなよ。何かで興味を引いて、止めよう」


 俺が胴体にしがみついても大した意味は無い。狼は止められない。何かうまい方法を使わないといけない。二人には良い案が無いだろうか?


「食べ物で釣るのはどうでしょうか?」


 ルオラの発想はいいかもしれない。


「でも、今手元にあるのは干し肉しかありません。それも、その、元々はこの狼さ

んがくれたものです」


 ルオラは思いついた事を言ってみたが、すぐに自身で否定してしまった。狼が自ら取って来て俺達にくれた兎肉を自身に返されても興味を示さないだろう。


「何も思いつかないよ。あっ」


 リージュは必死で考えて、何かの答えを出したようだった。


「ルオラ。あれ、使おうよ。こっちに来て」


 そう言うと、腰の道具袋に手を突っ込み、小さな道具を取り出した。その道具を俺は持っていない。


 ルオラは、リージュと同じように狼の首にしがみついた。狼は、俺達が引っ張っても負担を感じている様子は無かったが、俺達の執念に負けたのかもしれない。森の方を見たまま立ち止まった。


 四本の足でしっかりと立つ狼は、引っ張ったって動かない。俺はしがみつくのを辞めて、狼の横顔を見た。気のせいだと思うが、なんだか溜め息でもついていそうな表情をしていた。


「これならどうだ」


 二人が取り出した道具は櫛だった。狼の後頭部から首、肩から背中にかけて櫛ですいていく。これは効果があったようだった。その場に伏せてしまう事はなかったが、立ち止まったまま、目を閉じて気持ちよさそうにしていた。


「それで、ジオさん。どうしたらいいですか?」


「ジオ。どうするの?」


 二人には俺の考えを伝えていなかった。


「狼に馬車を引かせたいんだ。道に戻らせて馬具をつけたい。なんとかならないか?」


「分かりました。狼さん、こっちに来てください」


「お願い、言う事を聞いて」


 二人が道に戻るように促すと、狼はゆっくりと歩き出した。俺は驚きを隠せなかった。


「こんなに簡単に言う事聞くのか? なんかおかしくないか?」


 狼の後ろについて歩きながら二人に聞いた。二人が正解を知っているとは思っていない。


「私にも分かりませんが、戦ったら私達が負けますから、その、案外、弱者には優しいのかもしれません」


 ルオラの考えは当たっているかもしれない。


 この狼から見たら、俺達は小犬みたいなものかもしれない。いや、子狼か。動物の子が親にじゃれついて爪を立てても、親は本気で反撃したりしない。俺達のしている事は、爪を立てる事より些細な事なのかもしれない。


「わたし達の手際がいいからでしょう? 野生だと誰にもこんな事をしてもらえないし」


 リージュは自身の考えが上手くいっていて上機嫌だった。確かに俺には思いつかなかったし、櫛も持っていなかった。彼女は、以前に犬でも飼っていたのだろうか。


 俺は二人と狼を眺めている場合ではなかった。予備の馬具を取り出して、狼に合う様に調整しないといけない。すぐに追い越して馬車に向かった。


「毛玉が櫛に引っ掛かると、痛がって暴れそうで怖くないですか?」


「うんうん。気を遣うよね。でも、ルオラ上手いよ」


「そんな事無いです。あと、その、野生の匂いが…」


「それは言わないで。町に着いたら、絶対にこいつをお風呂に入れてやる。あと、櫛を買い替えよう」


 言いたい放題の二人の会話を狼が理解していたら怒るだろうか?


 分からないが、狼はずっとおとなしくしていた。馬具をつけても嫌がる様子は無かった。離れたところで倒した追手四人を縛って戻って来ても、そのまま待ってくれていた。まるで俺達を助けるためにここに来たようだった。

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