第82話「新しい生活」
俺達が第二城塞都市に着いたのは、九月の中頃だった。
俺は、この街に来るのは初めてだ。大通りの石畳も家並みも、前の街と同じ色合いで出来ているが、どこか前の街よりも色褪せていて、落ち着いた印象の街だ。
それは当然で、この街の方が俺の住んでいた街よりも歴史が長い。以前はこの街が、この国の一番東にある街だった。国境線を東に移して領地を拡大し、新しく作った街が俺の居た街だった。
国境線から離れたこの街は、辺りを歩く兵士の姿が少ない代わりに商人や職人の数が多い。武器防具の店よりも雑貨店のような店の数が多く、市場は人で溢れて賑やかだ。様子の異なるこの街で、新しい生活を始めよう。
街に着いてすぐだが、やりたい事がたくさんある。
一先ず、今晩泊まる場所を確保しないといけない。冒険者組合の無料宿泊所をあたってから、駄目だったら有料の宿を確保しよう。
持ってきた荷物のうち、すぐに使わないものは貸倉庫に預けておきたいし、余った食品や薪は売って処分したい。簡単に見つかるものなら、仕事だってすぐに始めたい。
怪しまれない程度に組織の情報を集めたいし、軍の動きも知っていたい。時間が経てば、クローの追手だって来るに違いないから警戒は続けないといけない。
まずは役割を分担して、今日中に出来る事を終わらせてしまおう。
「リージュ、俺と今晩の宿探しをして、そこに荷物を担ぎこもう。終わったら小麦粉なんかを市場で売って、空になった馬車を返却する。夕方までに済ませよう」
「分かったよ。わたしが宿を見て回ってくるから、ジオは荷物の番をしてて」
「いいのか。任せるよ」
「あの、私はどうしたらいいですか?」
「ちょっと気が早いんだけど、住む家を探し始めて欲しいんだ。集合住宅でも何でもいいんだけど…」
私は、動揺が隠せません。
ちょっと気が早い? 早いです。早いです。早過ぎです。
住む家を探す? 私と一緒でいいですか? ずっとこの街で暮らすんですか?
馬車の旅の途中で、ジオさんと私の仲は何の進展もしていません。それでも彼は、何か思う事があったのでしょうか? 思いきり喜んでいいのでしょうか?
「あの…、よかったら一緒に選びたいです…」
「いや、任せるよ。俺達の中で住む部屋を借りていたのはルオラだけで、俺達には部屋選びの知識が無いからな。リージュは旅人みたいなもんだし、俺は国境の巡回の仕事で、町に居ないも同然だったんだ。なるべく近くで三部屋。今日だけで決めなくていいから、頼むよ」
「あの、それって…」
「ん? 部屋を探す仕事だ。一人で選んできてくれ。これが一番効率いいだろ?」
わたしは、大きな溜め息を隠せなかった。
ルオラは元気を無くして、不動産屋を探しに歩いて行った。今のは、ジオが悪い。暫く彼とは話をしてあげない。
確かにわたしは家を借りて住んだ事が無い。一人旅をしていた間は、寝る場所が毎回違っていた。農家の手伝いで転々として、その時だけの雇い主に空き部屋を借りたり、それが倉庫の隅だったりした。
毎日同じ部屋に帰るのは、実家に居た時以来に無い。街に着く前から想像していたけれど、楽しみな事のひとつだった。わたしだって、色々と悩みながら部屋探しをしてみたかった。
ルオラはわたしよりももっと、この街で始まる新しい生活に期待していたに違いない。ジオと一緒に街を回って、部屋を探して、家具を選んで…。
それでも彼女は聡明だから、追われる身である事も分かっていて、時間にも行動の自由にも制限があると知っている。黙々と部屋を選んでくるように指示される。色々と想像したうちの最も悲しいやり取りだっただけだ。
「はぁ…」
今のわたしも彼女も、何十回でも溜め息がつける気がした。
「どうした?」
「何でも無いから。気にしないで」
それだけ言って、わたしも歩き出した。
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