第83話「変わった事」
翌日の日中、俺達は分かれて行動していた。
俺とリージュは別々に仕事探しと情報収集、ルオラは家探しをしていた。夕方になり、夕食を食べながら状況を報告し合う。この食堂は賑わっていて、周囲は少々喧しい。しかし、俺達の話に聞き耳を立てる奴は居ないだろう。
「わたしは冒険者組合で仕事の空きが無いか聞いて、大きな農家をいくつか回って来たよ」
「どうだった?」
「動物の駆除の仕事は、割り当てが決まっていて空いてないって」
「まあ、そうだろうな。前の街でもそうだった」
「農業の刈り入れの手伝いも人手が余ってるみたいで、安くなら雇うよって」
「収穫の時期が忙しいのも毎年だからな。街の人口が多そうだし、働き手が流動的に農業に集中してるんだな」
「うん。多分そう。それで、最近何か変わった事は無いですかって聞いてみたら、あるって」
「なんて言ってたんだ?」
リージュの集めてきた情報は、どんなものだろうか? 多くの人を雇う農家なら、街中の噂をよく知っているかもしれない。
「北の方の農家でね、大きな森があって、そこに遺跡があるんだって」
「遺跡か。大きな石を積んで作ったようなものなら見た事あるぞ。草が生え放題で、何のために作ったか分からないものだったが、そんなに珍しいものじゃない」
「うん。洞窟みたいになって地下室があるらしいけれど、凄く珍しいわけじゃないって言ってた。でも、変なんだって…」
「何がだ?」
「最近、この辺には居なかった鹿がうろついてるって。この辺のと角の形が全然違うって」
「大きさの事は聞いたか?」
「聞いたよ。それは、普通くらいみたい」
普通と違う動物と聞くと気になってしまう。しかし、クローが持って行った宝石が、ここにあるとは思えない。
「そんなに変わった話じゃなさそうだが…」
「追いかけてくと、消えちゃうんだって」
「は?」
消えてしまうと聞くと、幻の魔法が思い浮かぶ。
「幻って事か?」
「そう思うでしょ? ちゃんと聞いたら、足跡があったり、毛が落ちてたりするから幽霊とかじゃないって言ってた。何だと思う?」
聞かれても答えが浮かばない。不思議だし、気にはなるが考えがまとまらない。俺達にも街の人にも実害が無さそうで、なんだか得体が知れない。興味を引くためだけの薄っぺらい噂話にも聞こえる。
「一日歩いてたからお腹すいちゃったよ。この料理食べた事ある? 美味しいね」
「私も気に入りました。煮詰めたトマトと挽き肉の入った料理、美味しいです」
「エルフ領地で流行ってるものらしいな。家はどうだった?」
「それが、空きが少ないらしくって…」
「まあ、そうだろうな。戦争のせいで兵士が違う街に移っても、兵舎の空きが出るだけだ。食糧や武器防具の増産で人が集まったら、一般人の住む所の空きは出にくくなるか…」
この街に逃げてきた事に後悔は無いが、生活の基盤を作るのには時間がかかりそうで、やや不安になる。
「それで、その、私も変わった事があったのですが…」
「どんなの?」
「不動産屋さんの、どこに行っても聞かれるんです。あんたも宝石を探しに来たのかいって…」
この情報には、開いた口が塞がらない。他の商店よりもお金を持っていそうな不動産屋が宝石を持っていたっておかしくない。その中に、あの特別な宝石が無いかを組織の連中が聞いて回っている…。そんな姿がすぐに浮かんだ。
「うーん。まずいな」
俺はつい本音が出てしまう。この街にも組織の連中が居る。それで間違いが無さそうだ。ルオラが組織の連中だと間違われている事自体は問題じゃない。何の根拠も無い疑いは、簡単に晴れるだろう。
「どの不動産屋さんも、うちには宝石なんて無いよって追い返したそうですが、しつこかったって言ってました」
「実際、不動産屋はどこでも裕福というわけでもないんだろうな。それにあの宝石だって、そうそう見つかるもんじゃないだろう。しかし、旅をしてきて街に着いて、二日目でこれか…。もう組織が関係してくるのか。弱るな…」
「ねえ、でも、わたし達を知ってて追ってるわけじゃないんでしょう? 目立った事をしなかったら大丈夫なんじゃない?」
「こればっかりは、何とも言えません。ジオさんの方はどうでしたか?」
「俺の方もな、露店を回って話を聞いてたんだが、変な噂があるらしくてな…」
「どんな噂でしたか?」
「珍しい宝石を高値で買い取るって、言って回ってる奴が居るらしくてな。これって、嫌な想像しか出来ないだろ?」
「前の街では、わたし達がこういう聞き込みをしなかった事もあるけれど、思ってる以上に組織は大胆に活動してるって事だよね。それとも、この街に組織の本部があるとか?」
リージュの指摘には考えさせられる。この街以外にも街は有る。この街で組織が活発に活動しているのであれば、もうひとつ西にある大きな街に行く事も悪い話ではない。そこで組織が居なければ、そちらに住む事を考えた方が安全かもしれない。
考え込んで黙ってしまった俺の顔を覗き込んで、ルオラが言う。
「家探しは、待った方がいいですか?」
彼女の考えている事は分かる。この街に着いてすぐの今なら、新しい仕事が見つかっていない今なら、住む家の決まっていない今なら、仮に次の街に移動する事となっても無駄が少ない。
「お金が無いわけじゃないけれど、この街で働いて少し増やしたいよね。少し体を休めた方がいいと思うし…」
また何日も馬車の旅をするのは、体と心への負担が大きい。この大きな街で組織が俺達を探すのは難しいだろうから、暫くの間、隠れて暮らす事は不可能ではないとも思える。
「決断しきれないな。二人はどう思う?」
二人は食事の手を止めて、お互いの目を見つめ合う。俺の方を同時に向き直って、順に意見を言う。
「私はどちらでもいいです。暫くこの街に留まる事と、次の街に移動する事、どちらを選ぶ理由もあります」
「わたしも決められないよ。今ここで決断すべきなのか、明日や明後日まで考えてから決めるべきなのか、どれがいいとも言えないし…」
二人も決めきれていない。俺は、もう少し考える事にした。その間、二人は待っていた。
「他に何か変わった話は無かったか?」
「最近、流れ星が多いって言ってたよ。あんまり関係無さそう」
「そうですね。不動産屋さんに尋ねて来たのは、女の人だって言ってました」
遺跡、消えてしまう動物、宝石探しの女、流れ星、組織の活動、家はまだ決まらない、仕事もまだ無い、お金を稼ぎたい、体を休めたい、馬車の旅の再開、考えが纏まらない。
二人は、俺の意見を待っている。明日やる事を決めないといけない。悩んでいても仕方が無い。何か行動しないといけない。
「明日、遺跡を見に行ってみないか?」
「うん。いいよ」
「分かりました」
俺の意見はこの時までの話と脈絡が無いものだったが、二人は受け入れてくれた。有り難い事だった。
「俺達が決めないといけないのは、この街に留まるか、次の街に行くかだが、まだ決め手に欠ける状態だ。宝石探しの女を探すのは危険だと思うから、動物から調べてみよう。遺跡に行ってみて、もし、消えてしまう動物が宝石のせいだと分かったら、或いは、宝石を使ってそうな奴が居たら、何かひとつ決め手になりそうだ。どうかな?」
「それがいいね」
「もし、それも危険そうなら引き返す事にして、行ってみましょう」
俺達は、長い時間話し込んでいた。席に着いた時に目についた他の客は、誰も居なくなっていた。待合の客が俺達を見て怒っている気がする。厨房の方から、早く帰れと言いたそうな店員が俺達を見つめていた。
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