第62話 二人きり
俺は想定以上に困っていた。
この町には店が少ない。よく探さないと、お菓子なんて買えそうにない。
町中を少し歩いてみるが、鍛冶屋や雑貨店が目に付いて、お菓子を売ってそうなお店が見つからない。慣れない事をしようとすると難しいようだ。
一先ず馬車の所に戻ると、二人が気まずそうに荷台に座っていた。二人ともが背筋を伸ばして姿勢良く座っていて、会話は無さそうだった。
近づいていくと、こちらをじっと見つめてくる。まだ日は沈まないが、少し暗くなってきて表情が分かりづらい。しかし、困っている顔に見えた。どんな風に声を掛けようか。
「偶然だろうが、今日この町に辿り着いた旅人は少なそうだな。町中に人が少なかった」
どちらに声を掛けるでもなく、呟いた。二人は返事を返すのを躊躇って小さく頷くだけだった。まずかったか。
「活気が無くて少し寂しいが、俺達と他の何人かで町を貸し切ってるみたいで面白いな」
また返事は無い。
「人が少ないせいなのか、共同浴場が早く閉まるって言ってたぞ。お風呂に行くなら早い方がいいかもな」
この言葉には反応があった。リージュが鞄から着替えを取り出しながら言う。
「わたし、今のうちにお風呂行ってくるね」
「分かった」
荷台から小さく飛び降りると、俺の横を通り過ぎ、すぐに歩いて行ってしまう。小さく首だけ振り返って、何か言いたそうにしていたが、彼女は止まらずに歩いて行った。
ルオラの方を見ると、リージュの背中を見つめたまま座っていた。俺は、松明を点けようと思って馬車の荷台に近づいて行く。その間、ルオラはじっと座っていた。
「お風呂、行って来いよ」
彼女からは返事が無く、まるで俺が居ないみたいに佇んでいた。リージュの歩いて行った路地の方を見つめたままだった。驚かせないように、出来る限り優しい口調で声を掛けたつもりだった。
「どうした?」
ルオラは少し黙っていた後、鞄に目線を移して荷物を取り出してから言う。
「私も、行ってきますね」
「おう」
彼女も馬車の荷台から小さく飛ぶと、足早に歩いて行く。お風呂が閉まってしまうと町の人が言うから、二人にそう促した。お菓子はまだ買えていないが、今はルオラと話をする良い機会だったかもしれない。失敗しただろうか。
わたしは、空いているお風呂でゆっくりした後、馬車に戻ろうと歩いて行く。
野宿には慣れているけれど、その間はお湯を沸かして体を拭くのが精一杯で、しっかり髪を洗えないのが不満だった。その点、町のお風呂は有り難い。町に着いたら、何よりも優先したい事だった。
噂で聞いたけれど、わたしが行った事が無い所に、温泉と言うお風呂があるらしい。旅が続いて近くにあれば、寄ってみたいと思う。
あの人とは脱衣所で一緒になったけれど、置いて先に帰って来てしまった。お風呂の中なら緊張がほぐれて話がしやすいかもと思って、馬車を離れる時に一緒に行こうと誘いたかったけれど、躊躇ってしまった。
会った最初の時は、敵意に近い視線を浴びせてきたけれど、この数日も、さっきの浴室の中でだってそんな様子は無くなっていた。浴場の中の揺れる松明の明かりを見ていて、わたしが落ち着いたのかもしれない。今なら少し話せると思う。
辺りは少し暗くなっていたけれど、わたし達の馬車の周りはジオが点けたであろう松明で明るかった。松明の火を小さく揺らすくらいに風が吹いて心地よかった。
「戻ったよ」
ジオに声を掛けた。
「おう。晩御飯はどうしようか? 何か買って来ようと思うが、どうだ?」
「うん。何でもいいけど、もう少し後がいいかな」
「お腹空いてないか?」
「うん。なんとなく」
「そうか」
荷台の横に立って、石鹸を鞄にしまう。ジオは焚火の準備をしていて、何の料理を作ろうか悩んでいる様子だった。しゃがんだままで、こちらは見なかった。
「あのさ…」
ジオが何か言いかけたのと、あの人が戻ったのは同時だった。
「戻りました」
「ああ、おかえり」
ジオは一言返した後、黙ってしまった。わたしもあの人も喋らない。ジオは焚火の横にしゃがんだまま、わたしとあの人は、荷台の傍に立ったままで沈黙が続く。
わたしとあの人の考えている事は同じだったかもしれない。
「ジオもお風呂行ってよ」
「ジオさんもお風呂どうですか?」
声を出したのは同時だった。行って来てとは言わない。行って来たらどうですかとは言わない。すぐに戻って来なくていい。彼はこの言葉をどう捉えるだろうか。
「そ、そうだな。行って来るよ」
なんとなく、ここに居づらい雰囲気は悟ったみたいだけれど、ちょっと違う。分かっていて言い間違いかもしれないし、分かっていなくて、お風呂がもう閉まってしまうと思っているだけかもしれない。それでも、どれでも構わない。
着替えを取り出すと、彼はすぐに歩いて行った。これで二人きりになった。
大きく息を吸って、半分だけ吐き出す。息を止めて両手をしっかり握る。何て話し掛けようか…。
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