第22話 治療
最初に探すのは弓使い。
バッタを倒した時みたいに弓矢で援護してもらえるかもしれないと思って、防御魔法をかけておいた。全員に魔法を使う余裕は無かった。彼女は、恩を売っておけば返してくれそうだった。
魔法で作った風の防壁がどこに動いていったかは、はっきり分からない。おおまかに分かる方向を頼りに歩く。しかし、相手が木に寄り添って全く動かずに居たりすれば、近くに行っても風の探知魔法では見つけられない。地面に伏せていたりすればもっと分からない。
今、探知出来ているのは一人だけで、そいつは離れた所で歩き回っていた。そいつは大怪我をしていないと想像出来る。
弓使いが進んで行ったと思う方向で動くものは無かった。怪我をして動けなくなっているかもしれない。それなら俺の治療魔法が必要だ。もしくは、敵から隠れて動かずに居て、助けが必要かもしれない。どちらにせよ、何か俺が役に立てる事があるはずだ。
放った矢がどこかに刺さっていれば、この辺りだと確信出来るが矢は見当たらない。あとは勘に頼るしかない。周囲を警戒し、頭を低くして木々の間を進む。いい予感はしない。
おおよその場所まで来ると、何やら様子がおかしい。少しだけ明かりが見えてきて、焦げ臭い匂いが漂ってくる。
何か燃えている。火を使ったか?
火が出ている場所を見つけて近寄ろうとするが、顔の前に糸があるのに気付き、驚いて立ち止まる。
何だ、これは?
もう少しで本当にぶつかるところだった。目の前の糸を見つめる。周りが火で明るくなければ気付かなかっただろう。風の魔法でも探知出来ない細い糸が張ってあった。
周囲を入念に見回して、木から木へと糸が何本も張ってあるのを見つけた。邪魔だから切断して進む。丈夫な糸だったが、剣を思いきり振れば切る事が出来た。数歩進むと、地面に弓使いが倒れていた。
治療にかかりたいが、まず火事を消さないといけない。
弓使いの横を通り過ぎ、燃えている所に行って水筒の水をかける。周囲の枯葉が湿っていたせいか、殆ど燃え広がっていく様子が無かった。助かった。残り火を使って松明に火を点けてから、足で何度も踏んで火事を消し切った。
敵がまだ近くに居るかどうか分からず、松明をつけずにここまで歩いて来たが、治療のために必要で明かりを点けた。相手に位置が分かってしまう危険があるが止むを得ない。
しかし、そんな心配は要らなかった。火事の横に大きい蜘蛛が死んでいるのを見つけた。これが敵の正体か。
弓使いの傍に戻ってしゃがみ、様子を見る。
額に手を当てると熱がある。呼吸が不規則なうえに意識は無い。外傷で目立つのは、いくつかの火傷。痛々しいが、これは跡も残さず治せる。他の怪我を探すと、腕に傷があるのを見つけた。あの蜘蛛を倒した後に本人も倒れたのかもしれない。
これは、蜘蛛の毒のせいだろうな…。
噛まれてから時間がどれほど経っているか分からない。傷から毒を吸い出す道具を持っているが、効果は薄いかもしれない。毒の種類は分からない。元々は小さい蜘蛛が大きくなった場合の毒の対処はどうしたらいいのか? 解熱と沈痛の薬を持っているので飲ませたいが意識が無い。処置の仕方に迷ってしまう。
「リシア、どこだ? 返事をしてくれ」
不意に剣士の大きな声がする。エルフの弓使いは、リシアという名前なのか。
「こっちへ来い。ここに居る」
立ち上がって松明を振り、剣士を呼ぶ。
近づいて来てリシアを見るなり、剣士が取り乱す。
「おい。どうなってる?」
剣士が立ったまま怒鳴っている。俺は、彼の顔を見上げて言う。
「意識は無いが大丈夫そうだ。なんとかなる。あっちに居る蜘蛛と戦ったんだろう」
死んだ蜘蛛の居る方を指差す。彼は短剣を構えて蜘蛛の方を見に行くと、事態を悟ったようだった。そして、俺の横にしゃがみ込んだ。
俺は治療魔法を使う事にするかどうか、まだ迷っていた。毒に対して効きにくいかもしれない。考えながら、水で濡らした布で額を冷やす。手の傷を消毒し、包帯を巻く。剣士がリシアの額を触って、熱があるのを確認して言う。
「きっと毒だろう? 冷やすのも消毒もオレがやる。魔法をかけてくれ。火傷も全部治るんだろ?」
頷いてから大きく息を吸い、大きく吐く。それを二回繰り返した。治療魔法に賭ける事にした。
左手で怪我の部分を軽く触って、魔力を集中する。
強化した自己治癒力で彼女自身が毒を分解してくれればいいが、上手くいかない事もある。毒との相性が悪く、症状が悪化するなら魔法をやめないといけない。
毒が入った腕の部分は血色が悪くなっていたが、少しずつ正常な色に近づいて来る。強張っていた体から力が抜けていく様子が見て取れる。呼吸が少しずつ規則正しくなっていく。上手くいきそうだ。
横に居る剣士は緊張し、歯を食いしばっている。本当に心配そうで、早く治せと言いたそうだが、もう少し待って欲しい。
「話し掛けても大丈夫か?」
彼は、俺が探知魔法を使う余裕が無い事を分かっていて、周囲を警戒している。俺の方を見ていないし、問い掛けは遠慮気味だ。俺もリシアから目を離さずに返事をする。
「大丈夫だ」
「そうか。オレの方は山猫と小さな蛇を倒した。ここに来る途中で猿が死んでいた。他はどうなんだ?」
「こっちは狼を一匹。後は、そこに死んでる蜘蛛。小さい蛇は計算外として、全部倒したって事じゃないか?」
俺が探知した四匹と数は合った。蛇は分からなかったが…。
「そうか。一先ず安全か」
剣士は周囲への警戒を解かずに言った。「安全か」の言葉の後に、安全だから俺にもっと治療に集中しろと言いたいのだろうが言わなかった。俺を焦らせないように躊躇ったのが分かった。
容態の変化を見るために、リシアを見つめていたが、どこを見ていても治療魔法の効果に影響は無い。剣士の体を観察して、彼も怪我をしているのを見つける。
「あんたの腕も見せてほしい。怪我を治療しないと」
「オレは大丈夫だ。彼女を治せ」
そう言うと、剣士は俺の鞄の中に手を突っ込んだ。消毒薬と書かれた瓶を探し出し、俺に目で合図をする。薬を使うという意味だろう。使っていいと、俺も目で答える。彼は瓶の中身を自身の傷口にかけた。その次に包帯も見つけると、口で包帯の端を咥え、片手でもう片方の手に器用に包帯を巻いた。慣れた様子だった。
包帯を巻き終えた剣士は、また周囲を見ていて、俺の方を見ないで話す。
「あのダークエルフはどこ行った?」
「無事だ。動物使いを追っている」
剣士には事実を話しておかないと。
「クローはどこだ?」
そうだった。次に探そうと思っていたが、どこに居るのか?
「あんたらが列から離れて行った後、クローは猿と戦っていたんだ。猿の所で会わなかったか?」
「いや、居ない。猿の所には居なかったぞ」
不安がよぎる。クローをすぐに探しに行きたい。
「彼女の受けた毒はそれほど強力じゃない。額を冷やすのは続けて、意識が戻るように呼びかけて欲しい。意識が戻ったらこの薬を飲ませてくれ。解熱と鎮痛剤だ。よく効く」
水筒を地面に置き、薬を渡して立ち上がる。リシアの容態は、随分落ち着いたようだ。
「分かった。お前はダークエルフを追った方がいい。クローは怪しい。何を考えているか分からない」
その言葉を聞き終わる前に、俺は走り出した。
念のため、狼の所へ探しに戻ってみるがクローは居ない。猿は死んでいた。ここにも居ない。
俺の判断が甘かった。探知魔法で探せる範囲にも居なさそうだった。リージュの後を追ったのかもしれない。
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