第104話 回想の森
わたしは、再びあの森に向かって歩く。
わたし達は、森の中に装備を置きっ放しにして街に戻って来た。だから取りに行かないといけない。お金に余裕が無い以上、僅かな財産も無駄には出来ない。馬を借りるのはお金が少々かかるので、無料で借りられた小さな台車を引いて歩く。
森の入り口まで来ると、ダニーがいつの間にか寄って来ている。彼の首に抱きついて、言いたい事を言う。
「ジオは一応無事。でも暫くは治療が必要で、あの街に長く滞在する事になりそう」
ダニーの返事は無い。ゆっくりと呼吸している彼に、暫く抱きついたままでいる。ここに来た目的をもう忘れそうだった。
「遺跡に戻って装備を回収しないと。病院でルオラが待っているし…」
森に組織の連中がまだ居るとしたら、一人で来るのが危険なのは間違いなかった。本来は、身を守るために二人で居るべきだった。そう思って二人で森に来た場合、今度はジオが一人になってしまう。
二人で議論した結果、森に行くのは、わたしに決まった。ジオが目覚めるのは当分先だろうけれど、目覚めた時にはどちらかが立ち会っているべきで、その役目を彼女に譲りたかった。
森を慎重に進み、遺跡に辿り着く。幸い誰も居なかった。
わたしとルオラの鎧は壊れていないから、回収出来ればそのまま使える。ジオの鎧は直さないと使えないけれど、捨てるわけにはいかない。三人分の鞄に剣と盾、どう考えても重い。台車を借りたのは正解だった。
遺跡の中に入るのには、勇気が要った。
一日が経っていて、外には誰も居ない。あの男は組織が運んで行って、きっと居ない。大丈夫と何度も呟いて、重い足取りで奥に進んだ。暗い地下通路で何度も立ち止まったけれど、待つ事に意味なんて無い。地下室の入り口から松明で室内を照らし、誰も居ない事を確認して漸く少し落ち着いた。
丸一日が経っているのに、焦げ臭い匂いは消えていない。床を照らすと、ジオの血の跡が点々とついていて見るのが辛い。ルオラに鎧を取りに来させなくて良かったと思う。わたしだって嫌だから、荷物を拾ってすぐに外に出たい。
男と対峙していた時は何の希望も持てなかったけれど、ジオの犠牲で勝つ事が出来た。この事を彼は誇っていい。
遺跡の外に出ると、今度は包囲されていた時の様子が思い返される。
ジオを早く病院に運びたいと焦る中で、騒がずに待つ事を求められた。わたし達の実力とは関係無いところで決着が着き、無事に街に帰る事が出来た。運が良かったと言うのなら、幸運を呼び込んだのは誰なのか? これもまたジオの力のような気がした。
あの時、組織が連れていた狼が死んでしまった事も鮮明に覚えている。
ダニーはわたしの傍から離れていって、あの狼が伏せてしまった場所に近付く。何故、彼と出会った時に力尽きたのか? 彼の元々の仲間だったのか? 知る手段は何一つ無い。
遺体は組織が持って帰ったに違いないから、今のここにはもう無い。あの狼が実在した証拠は、せいぜい地面に残った匂いくらいかもしれない。その匂いを嗅ぎ取る事が出来るのは彼だけで、わたしには無理だ。わたしの中に残っているのは、少しの記憶だけ。
「可愛い子だったね…」
あの狼は雌だったと思う。
「おしとやかだった…」
雄々しいダニーと少し違って、歩き方に柔らかさがあった。
「なんであんな事に…」
彼の伴侶になったかもしれない事を思うと、彼に慰めの言葉が必要だと思った。表情を変えない彼の心の内は、今だって分からない。鳴き声を上げる事は無いけれど、静かに動かない事だけを理由に、悲しんでいるような気がした。
彼は仲間を探している。
大きな狼は数を減らしている。あの地域の最後の一頭だったかもしれない彼は、勘を頼りに仲間を探す事にした。そして、なんとなく仲間に会った事のありそうなわたしに付いて行く事にした。きっとそうだ。彼の期待に添える時が来るといいと思った。
「じゃあ、またね」
ダニーを撫でてから、街に向かって歩き出す。彼は暫くの間、この森に居たいのだろう。弔いの期間を過ごすのだろう。そんな気がした。わたしは街に戻って、ルオラと次の議論をしないといけない。
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