第105話 やるべき事
私は、考え事をしながらリージュさんの帰りを待っています。
朝から相変わらず、待合室の長椅子を占拠して、考える事に専念します。私の発想力では、特別な案は浮かびませんが仕方ありません。看護師さんが慌ただしく行き交う廊下を見つめ、良い考えを探します。
彼女を一人で森に行かせて良かったのか? 待っている私は、心配しか出来ません。もし私が森に行って、彼女がここで待っていたとしたら? 今の私と同じ気持ちでしょう。無事を祈って待つしかありません。
ダークエルフ族は自らの領地に拘らず、かなりの人数が人族領地内で働いています。その殆どが軍人、傭兵、冒険者です。
前の街を出てからずっと人目を忍んでいる事もあって、ダークエルフ族の方とは、リージュさん以外に関わりがありません。だから、今の私は、ダークエルフ族の女性を見ると一番にリージュさんが思い浮かびます。
彼女達の特徴的な青い髪。
廊下に現れた人物にその特徴を見つけ、声を掛けます。
「おかえりなさ…」
階段を上がって来て見通しの良い廊下に姿を現した女性は、迷い無く私の居る待合室の方を向き、こちらに近寄ってきます。椅子から降りた私は、床に伏せて隠れます。廊下と待合室を隔てる壁の裏で息を殺し、相手に見つからなかった事を祈ります。
その人物はダークエルフ族ですが、リージュさんじゃありません。あれは、森で見たダークエルフ族の女性です。
早朝の時点で組織に見つかった事は教えてもらいましたが、ジオさんの病室に最も近いという理由で別の場所に移る事を躊躇い、ここに居続ける事を選択しました。
容体に変化があればすぐに聞く事が出来ますし、そもそも病院職員に聞けば、別の部屋で待っていても簡単に居場所は知られてしまいます。心情的にも合理的にも、ここに居るべきだったのです。もう一つの重要な理由もあるのですから。
思わず隠れましたが、本来やるべき事ではありません。
私達が心配していたのは二つ。私達が狙われる事が一つ目、そして二つ目はジオさんが狙われる事です。身を挺してジオさんを守る事、これがここに残った私の仕事です。
森に殆どの装備を置いてきた上、残った短剣も病院の入り口で受付に預けています。武器も防具も何も無い事を再確認して息を整え、声を上げて廊下に飛び出します。
「止まりなさい」
相手は魔法使い、武器が無くとも出来る事があります。私に出来る事は不意打ちに賭けて飛び掛かり、格闘戦に持ち込む事です。相手の体のどこかを掴んでしまえば、勝機はあるでしょう。
「待て、争いに来たわけでは無い」
身を低くして全力で走り出した私は、相手の発した言葉の意味を理解するのに時間が掛かります。
それはどういう意味ですか? 森では、私達を殺そうとする勢いだったでしょう? 武装した上、粗暴な用心棒まで雇って…。
殴りかかる直前、前に出した片足を踏ん張って止まります。目の前の相手は、指を広げた片手を前に突き出して、私を制止しようとします。魔法を使うわけでは無さそうです。
静かな病院の中で、私が騒動を起こすわけにはいきません。いくら憎い敵でも、今は殴れません。替わりに溜め息をつくしかありません。
「はぁ。じゃあ、何をしに来たんですか?」
数秒の間を空け、落ち着いた声で返事があります。
「君達に謝りに来た」
「謝っても済みません。大切な人が怪我をしたんですよ」
「済まなかった」
「話を聞きたくありません。私達に近寄らないで下さい」
女性は、真っ直ぐこちらを見ます。私の意思は固いので、謝罪は受け付けません。
「尤もな意見だ。今日は失礼する」
私は、思わず目を逸らします。言いたい事はもうありません。何も聞きたくありません。
無言の私に対し、女性は小さく頭を下げた後、来た道を戻って行きます。
ここで戦わずに済んだ事は良かったですが、一体何なんですか?
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