第10話 接敵
俺がクローの声を聞いたのと、目の前でリージュが倒れ込むのは同時だった。
俺は彼女に少し遠慮していて、探知魔法の範囲を狭くしていた。彼女の仕事を取らないように気遣っていた。意識を失った彼女が地面に倒れる前に支え、ゆっくりと寝かせる。同時に探知魔法の範囲を広げる。
目を閉じて魔法に集中する。
自身を中心に風を送り、同時に風を感じる。今居る場所の周囲に円を書き、その円が水平に大きく広がっていくように想像する。広がっていく円に触れた物を順に感じ取る。
周囲の木々は、本数や個々の太さまで分かる。地面の段差の深さ、倒れた木の向き、鼠みたいな小動物の動きだって分かる。離れた所に違和感があり、すぐに報告する。
「居る、居るぞ。近づいて来る。人くらいの大きさ。ふたつ。正面からだ」
エルフの二人は、背負っていた荷物を地面に下ろすと、武器を構えて前進する。
弓使いは、正面を見通せる視界の開けた場所をすでに見つけていて、そこに移動する。
斜面に居た剣士は、足場のしっかりした平坦な場所に移動し、剣を抜いて構える。彼が長剣を振り回すには、木々の間隔が広い場所がいい。
「あの梟は、奴の放った見張りだったんだ。自分達は見つかっている」
クローは何かに気付いたようで、再度、警戒するように言った。しかし、大事な事は教えてくれない。こちらから聞こう。
「盗賊は一人じゃなかったのか?」
「多分違う」
クローは否定した。
「勘が外れたか?」
「違う。人じゃない」
人じゃない、とは何か? クローの言葉の意味が解らない。
大きな影がひとつ、地面を這ってくる。人とは思えない早い動き。姿が見えるまで、俺には何か分からなかった。
胴体だけでも人より大きいトカゲは、尻尾を足すとさらに大きい。
そのトカゲがクローに飛び掛かる。盾で身を護るが、重い相手に押し倒されそうだ。ゆっくりとクローの膝が沈んでいく。
剣を振るう余裕は無く、両手で盾を支えている。トカゲが大きく口を開けて噛みつこうとする。鋭い前足の爪で引っ掻く。兜と鎧に大きく傷が出来る。
その大きさに全員が驚き、思考停止したのは一瞬だけだった。剣士が音を立てずに近寄ると、トカゲに剣を突き立て、地面に転がす。まだ生きているが致命傷で、暴れているうちに息絶えるだろう。
もうひとつの影は、かなり手前で止まった後、飛び上がる。後ろ足で地面を蹴り、羽を羽ばたかせる。クローの頭上を飛び越える。
巨大な虫。
気色の悪い口を動かしながら迫る巨大なバッタは、俺を目掛けて飛んでくる。こいつも人程の大きさだった。
風の魔法ですぐに出来るのは、相手の動きを制限する事。下向きの風を吹かせて相手の落下を早くし、手前に着地させる。すぐにまた飛び上がろうとするが、風の魔法で動きを一瞬遅らせる。飛び上がるのを完全に止める事は出来ない。
しかし、その一瞬で十分だった。
弓使いは、一本目の矢を放ち、すぐに腰の矢筒から出した二本目を番えている。一本目の矢は、バッタの羽根の根元に命中した。
エルフの弓使いは、間違っても味方に矢が当たらないようにするため、最初の場所から移動して矢を放った。さっきの場所から後ろを振り返って矢を放っていた場合、外れたら俺に当たっていたかもしれないからだ。
知らない相手をからかうのが好きな冒険者は、実力があっても、こんな配慮をしない事がある。そんな場合、怪我をする事は無くても、大抵怖い思いをさせられる。
目の前の的に必ず当たるとしても、自身に向かって矢が飛んでくるのは嫌なものだ。彼女は誠実な冒険者で、そんな心配は不要という事だ。
動きが止まったバッタに二本目の矢が命中する。後ろ脚の根元に当たって、脚が動かないようだ。俺は、近寄って剣を突き刺した。
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