第38話 「地獄行き」

 どこへ逃げるのがいいのか? 隠れてやり過ごすのがいいのか? 武器や防具を手に入れて戦うべきか? 探索し慣れた森へ逃げ込んでみるか? 組合で助けを願ってみるか…。どこへ行っても楽じゃない。

 

 リージュをおぶって走りながら、ルオラに聞く。


「今って、やってるよな?」


「今は行く宛も無く走っています。何の事ですか?」


「地獄だよ」


「地獄は、先週からずっと続いています」


「分かった。地獄へ逃げよう」


「本気ですか?」


 街の北側、国王軍がたった今訓練中の訓練場に逃げ込む。


 乱入と言ってもいいかもしれない。国王軍の訓練は、怪我人が大勢出るほどに実践的で、地獄と呼ばれている。元軍人の彼女は、よく知っているだろう。逃げる俺達にも追ってくる敵にも不利な環境であれば、こちらだけ不利な今の条件を五分に出来るかもしれない。


 さっき組合で、魔法の情報を集めてもらった。


 リージュの体の紋章は、何かの伝言文を封印した魔法かもしれない。珍しい魔法だが、以前に聞いた事があるそうだ。発熱の原因は、封印が解けかけている予兆かもしれないとも言っていた。


 一度は治って目が覚めたんだから、今度だってリージュは目を覚ますはずだ。その時に封印も解けてしまえば有り難い。とにかく、今は時間を稼ぎたい。


 訓練場の周囲には、跨いで越えられる程度の低い柵が付けられている。立ち入り禁止の標識を横目に見ながら、柵を越えて中に入る。


 柵を越えているところを覆面の連中に見つかった。追ってくれば狙い通り、来なければ訓練場の中の森に隠れていよう。


 連中もこの柵を越える意味を分かっていて、手前で一度立ち止まっていた。その後、覚悟を決めた様子で中に入ってきたようだ。この中で訓練に巻き込まれて大怪我をしても、運悪く死んでしまっても自己責任だ。


 訓練場は真っ暗なうえに静まり返っていて、今この時には訓練が行われていなかった。


 しかし、左右を見回すと、離れたところに大きなかがり火と松明が並んでいるのが見える。夜間戦闘訓練が始まる直前といったところか。詳しいルオラに聞こう。


「どうしたらいいと思う?」


「覆面の人達を訓練の中に巻き込みたいです。開始を知らせる鐘があるので、それを探して鳴らしましょう。まだ準備中かもしれませんが、その合図で始まるはずです」


「分かった。どっちへ行ったらいい?」


「左です」


 左右に陣地がある戦場の中央を横断するように走っていたが、直角に方向転換して左側陣地の正面に向かって真っ直ぐ走る。


 周囲は暗く、俺達の姿は訓練兵から見えないだろう。草が生えていない地面を走ると、土を蹴る足音が立つ。その音を隠さずに、兵士の列に近づいて行く。


 等間隔でかがり火が並ぶ陣地の中は明るい。列を作った兵士が何百人も待機している。防具をしっかりと着込み、訓練用の木剣や盾、槍を模した棒を持ち、真剣な面持ちで命令を待っている。


 全員が黄色の布を頭に巻いていて、敵味方を区別する為のものだと想像出来る。反対の陣地には、違う色の布を巻いた兵士が並んでいるのだろう。


 その中に、防具も武器も無い俺達が走り込んでいく。黙って待機するように命令されているのだろうが、違和感を覚えた兵士が質問してくる。


「なんだ、怪我人か?」


 リージュをおぶっているのだから、そう見えるかもしれない。


「何の訓練だ?」


 柔軟な対応を求める訓練の一部か、怪我人が出たという演出に思えたかもしれない。


「どこへ行くんだ?」


 兵士の向かうべき敵陣地と逆に進んで行くのだから、当然の問い掛けだ。


「誰だ、お前達は?」


 これも当然の問い掛けだが、絶対に答えられない。俺達は侵入者で、この訓練の管理者の所へ行き、本来の訓練の開始時間を勝手に前倒しにして、大混乱を起こそうとしているのだから。

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