第15話 それぞれの戦い

 ワタシは、弓をいつでも引けるように構えながら陣形を離れて走った。


 徐々に速度を落とし、ゆっくりと進みながら、這い寄ってくる影を見つける。その影が先に止まり、距離を保ってこちらも止まる。


 木々が立ち並ぶ中、ここには草が少なく、地面が見えている部分の方が多い。敵は、その中のいくつかある塊のような草陰に隠れている。


 風で木々と草が小さく揺れるが、姿は見えない。地面に伏せているのか? 長い距離を走って来たはずだが、息遣いは聞こえない。


 トカゲじゃなくて、バッタの方だったかな? 


 バッタは口で息をしない。その姿を思い出すと、昨日、バッタに矢を命中させた手応えが思い出される。


 飛ばせて着地を狙えば楽ね。


 敵を軽く見たわけではないが、冷静にそう思った。


 ワタシも敵もすぐに動かなかったが、待っていると向こうが先に動き出す。ゆっくりと動き出したその影は、真横にある太い木に抱きつくように登っていく。やっと姿が見える。


 八本の脚を器用に動かして木を登る影の正体は、大きな蜘蛛。気持ち悪い。


 ワタシの目線より高い位置まで登ると、頭を下に向けて止まる。脚を放射状に拡げて構えている。こっちを見ている、そんな気がする。八つの目が全部こちらを見ているようで、冷や汗が出る。


 意を決して、一本目の矢を放つ。


 蜘蛛は、登っていた木から離れた地面に飛び降りて、矢を避けた。着地の後、また違う木に登る。二本目を射ようとすると、今度は射る前に木から飛び降りた。近寄っては来ない。


 蜘蛛は、木を登って飛び降りる事を繰り返して、ワタシの周りを一周回った。木から木へ飛び移ってもう一周回ると、少し寄って来て、さっきより近い木に登った。またこちらの周りを回るように飛び移る。円を描くように動き回り、傍までは来ない。


 攻撃してこない。


 一体、何?


 向こうは、こちらを観察しているのか? 蜘蛛が回る中心に立って、矢を放つ構えを続けているが、二本目を放てていない。動きを目で追いながら観察するが、行動が理解出来ない。


 もしかして、糸で巣を張っているの?


 まずいと気付いた時にはもう遅かった。糸に囲まれてしまったようだ。


 薄暗い中、糸は見えない。空中に蜘蛛が浮かんでいるように見えるが、糸に掴まっているのだろう。攻撃のための準備を終わらせ、その糸と木を次々と飛び移りながら不規則な軌道で近づいてくる。飛びつかれる前に矢を放たないといけない。


 相手が速過ぎるわけではないが、焦りのせいで上手く狙えない。二本目の矢は簡単に避けられてしまった。


 三本目の矢を取ろうとして腰の袋に手をやる。その隙に蜘蛛が首元に飛びついてくる。矢を準備していて、手で体を守るのも間に合わない。


 ごめん。ワタシ、駄目だったみたい。


 心の中で、剣士に向けてお別れを言う。彼は大丈夫だろうか?






 オレは、列から右に移動した。


 少し移動してから止まった。この場所には、足首くらいまでの高さの草しか生えていない。木々の間には、大きな動物が隠れる草むらは無い。息を整え、剣を構えて敵を待った。


 相手は音を立てずに歩いてくる。暗闇の中、しっぽが動くのが見えた。


 虎ではない。しかし、同じくらいに大きい。体の模様と耳の形から判断して山猫のようだ。魔法で大きくなった体は、人の背丈より大きい。剣を正面に構えて対峙する。


 虎とは森で出会った事がある。身を守るのに徹していたら向こうが去っていった。その時の虎は、それほど空腹ではなかったのだろう。こいつは虎ではないが、恐らく操られていて引き下がらない。手強そうだ。


 間合いを測って、止まって待つ。


 この長剣なら、こいつの前足より長い。そこだけを見れば有利だ。だが、肉食動物特有の俊敏な動きで飛び込んで来て懐に入られた場合、長い剣は振り遅れて負けてしまう。一瞬の油断も許されない。


 長い剣は重く、ずっと構えているのは難しい。鍛えているが限度はある。剣を振り下ろすために高く構えているが、睨み合いになるなら考えを変えた方がいい。剣先を地面に着けて構えて、下から振り上げるようにした方がいいかもしれない。


 睨み合いが続く中、風が吹いて木々と下草が揺れる。風が止み、草の揺れが止まる。止まるはずだった。足元の草だけが揺れたまま止まらない。


 何か居る?


 飛び退りながら、剣を振る。


 大きな敵を倒せる長剣を器用に振って、小さい敵を切り裂く。飛びついてきた毒蛇を空中で両断した。

 毒蛇も同時に操っているのか?


  正面の山猫に注意を戻すと、もう目の前に来ていた。


 大きい敵で注意を引いて、足元に毒蛇とか。どれだけ性格悪いんだよ。


 山猫は後ろ足で立ち上がり、頭上に振り上げた前足を振り下ろしてくる。そこに鋭い爪が光って見える。


 大きな剣を両手で持って扱うオレは、盾を持っていない。剣を手放し、手で頭を守るしかない。鉄で出来た鎧で両手を覆っているが、手の動きを妨げないように軽く薄い。強力な一撃に耐えられるだろうか?

 

 大きな音が響き、衝撃を受ける。頭を守りながら体を捻って一撃を躱そうとしたが、躱せなかった。左手の全体を覆う鎧が外れて飛び、離れた所に落ちた。


 痛い。左手から出血した。二撃目を躱すため、すぐに後ろに下がる。剣は落としたまま拾えない。山猫の足元に転がっている。


 再び、間合いを取って対峙する。山猫はオレの長剣を前足で押さえつけ、自信溢れる様子で動かない。少し離れた所の草が揺れる。三か所。まだ蛇も居る。仕事を受けなければよかったと後悔した。

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