第16話 分断

 俺は、残った二匹の動きを探知魔法で追い、クローに向けて叫ぶ。


「二匹は離れずに迫ってくる。正面だ」


 ずっと二匹が寄ったまま近づいてきたので、俺とクローは、まだこの二匹を分断出来ずにいた。もうすぐ見える程に近いだろう。クローが盾と剣を強く握りしめるのが見えた。


 正面に、大きな猿が走って来るのが見えた。


 周囲の草を揺らして走り、隠れようとする様子は無い。威嚇のために何度も鳴く。よく響く嫌な声だった。


 俺とクローは、どちらが戦うか迷い、目線を合わせた。まだ決められなかった。


 騒ぐ猿の後ろ、隠れるように静かに走って来たそいつ。爪で地面を引っ掻く音は小さく、聞き取りにくい。長い距離を走り、大きく息をしているが、まだ十分に体力に余裕がありそうなそいつ。獲物を決めたら、どこまでも追いかけるそいつ。それも大きさが異常だ。猿の横をすり抜けて追い越すと、巨大な狼は、俺とクローの頭上を飛び越える。


 リージュを狙っているのか?


 クローが一歩前に出ると、剣ではなく盾を持った手に力を込めている。


 目の前に迫った猿に対して、盾をぶつける。猿の顔と胸にぶつけた盾をそのまま振り払うと、猿は後方に転ぶ。そして怒りながら起き上がり、威嚇の大きな叫びをあげる。クローも背が高いが、猿の背丈は彼よりも大きい。手強そうに見える。


 クローは振り返らずに腰の後ろに手をやると、隠していた斧を取り出す。振り返らずに後方に投げる。そして俺に対して言う。


「君、たいして強くないだろう? 少し助けてやる。その代わり、そいつをちゃんと殺せよ」


 後ろに放った斧は、狼の後ろ脚に目掛けて飛んで行く。


 命中するだろう。どんな練習をすれば、こんな事が出来るのか? しかし考える余裕は無い。俺は魔法で足元に風を起こし、狼へ目掛けて飛び上がった。クローと猿が正面からぶつかるのが見えた。






 自分は、もう一度盾を構え、迫ってきた猿の顔に叩きつける。


 ダークエルフが死ぬのはいいが、まだ、傭兵君に死なれては困るんだ。


 さっきより深く踏み込んで叩くと、猿はさっきより遠くに転がって茂みに消えた。一気に近寄って、茂みのあたりを目掛けて剣を振る。手応えは無い。周囲を見て、横に躱していた猿を見つける。


 さらにもう一度、今度はこちらから近づいて盾で叩きに行く。嫌がった猿は後ろに飛んで下がる。


 走り寄って叩きに行く。今度は当たったが、顔に当たっても猿は怯まない。


 猿はこれを待ち構えていたようで、盾の外側から二本の腕が伸びて来て、両方の上腕を掴まれる。狼とは分断出来たが、こいつは強力な握力で離れそうになかった。






 俺は風の魔法で飛び上がり、狼の左脇を目掛けて抱きつこうとする。


 同時に狼の前方から風を吹かせて減速させる。リージュに届かないように落下させたい。


 空中に居る間に出来る事は無いかと考える。しかし、足の踏ん張りのきかない空中で剣を振るっても、俺の技術では上手く切れないだろう。


 考えている間に、クローの斧は狼の右脚の付け根に当たった。着地の後、狼は俊敏に動けない。


 このふたつの理由で、俺が空中に居る間に無理に勝負を決めにいく必要は無くなった。まずは狼に抱きつき、着地の後に勝負を決めよう。


 俺の重みと風の魔法で、狼と俺はリージュの手前で落下する。ともに格好の良い着地は出来なかった。落ちた後、しゃがんだままで剣を振りにいく。


 狼は怪我の無い三本の脚で体を起こすと、俺に喰いつこうとする。


 鼻先から尻尾の付け根までを測っただけでも、大人の背丈の二倍くらいの大きさはありそうな狼は、大きな口に大きな鋭い牙を並べている。ひと噛みで俺を殺せるだろう。


 狼の方が速かった。


 剣を振る前、曲げたままの右肘を深く噛まれる。狼の体重は重く、噛みつかれた勢いでそのまま後ろに倒される。馬乗りになられたら、起きられず喰われるだろう。


 リージュが声を上げるが、何を言ったのかは分からなかった。昨日みたいに横から援護の矢が飛んでくる事を期待したが、叶わなかったようだ。

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