第58話 不思議
私達の旅は、三日目です。
今日もまた朝早く起きてしまいました。まだ薄暗いですが、昨日干した洗濯物を取りに行きます。ちゃんと乾いていますが、なんとなく生乾きの匂いがします。陽が昇ったら、少しお日様に当てておきましょう。
ダークエルフさんとは昨日も話しませんでした。
ジオさんを取られたくない私は、彼女と最初に会った時から、なんとなく冷たい態度を取っています。そんな事をしても、ジオさんが私を選んでくれる結果には繋がりません。そんな事は分かっています。分かってはいますが…。
私は、ダークエルフさんを助けたからといって、ジオさんに褒めてもらいたかったわけではありません。
いえ、嘘です。褒めてもらいたかったです。ジオさんの役に立って、認めてもらいたかったです。看病しに行ったのは、二人っきりにしたくなかったからです。私は意地が悪い女です。だって仕方が無いじゃないですか。
私がダークエルフさんを助けたのは、苦しんでいるのが可哀想だったからです。
いえ、嘘です。あの時は、そんなに感情移入していませんでした。それなのに助けてしまったのは何故でしょうか? 私は私が分かりません。あの時、何を思ったのでしょうか? 何を感じたのでしょうか? 感覚的な何か、衝動的な何かが私に行動させました。
私がダークエルフさんを助けたのは、彼女が何となく身近な誰かに似ていたからかもしれません。助けないと後悔しそうだったから。苦しんでいる自分を見ているようだったから。もしかしたら、友達になれそうな気がしたから。
私が、ダークエルフさんについて知っている事は殆どありません。森での口喧嘩を思い出すと、あの時の彼女は、ただ漠然とした不安に戸惑っていただけかもしれません。私という未知の存在に警戒していただけかも…。
それならば、答えは簡単です。私の事を知ってもらえばいいのですから。彼女が私を知る為に、一番聞きたい事は何でしょうか?
もう辞めましょう。
森で酷い事を言ったのは私が悪いです。その事を謝って、お終いにしましょう。仲良くする必要なんてありません。ずっと話をしなくても平気です。私がこんなに悩む必要なんて無いじゃないですか…。
東の空が少し明るくなってきましたが、今日の朝は不思議な事は起きませんでした。昨日の事は、きっと偶然だったのでしょう。気にし過ぎなくてよかったです。
ここは町なので朝食を買ってくる事も出来るのですが、お金の節約のためにジオさんが料理をします。今朝は、とうもろこしのパンでした。とても美味しかったです。
俺達は宿場町を出て、三日目の旅路を進めた。
昨日まで頑張ってくれた馬は、この宿場で交代となり、違う馬に変わった。この馬も最初の馬と同じように落ち着いた様子で、旅は順調だった。
最初の馬は、ここの厩舎でゆっくりと休んでから、違う誰かの馬車を引くのだろう。もしかしたら、この馬達の方が俺達の誰よりも旅に詳しいのかもしれない。優秀な馬達に支えられて、俺達の旅は進んで行く。
相変わらず、二人は今日も会話が無かった。俺は静かな旅が好きだが、今の状態は良くない。
今日の二人は、ずっと寝ていたわけではなかった。荷台で静かに座っている時間が長かった。その時に振り返ると、ルオラは優しく微笑んでいたが、話し掛けてはこなかった。
ルオラが起きている時、リージュは横になっていた。ルオラが寝ている時、リージュは座っていて、こちらを見ずにずっと景色を見ていた。
ただ、二人が寝ている時、昨日と体の向きが変わっていた。二人共が背を向けずに、荷物を挟んでお互いの方を向いていた。
その夜、わたしは、ジオに言って焚火の番を代わってもらう事にした。
頭から毛布をかぶって焚火の傍に座り、揺れる火を見つめている。ジオは、わたしが使っていた荷台で寝息を立てている。
組織が壊した宿の家具の修理代は、彼が立て替えてくれたままで返せていないし、お礼も言えていなかった。彼も何も言わなかった。どこかでお金を稼ぐ時間があれば返そうと思うけれど、旅の途中でそんな時間は無い。溜め息が出るばかりだった。
薪を何本か足した後、膝を抱えて座ったまま空を見上げる。空には満天の星が輝いていた。
小さい頃、星とは何なのかと大人達に尋ねたが、誰も答えをくれなかった。今だって、答えは分からない。ただ、昔と何も変わらずに光り続けている。遠くに見える街の明かりみたいにも見えるし、近くで光る蛍の光みたいにも見える。
その輝きを一緒に見つめた懐かしい誰かは、ルオラみたいに丁寧な優しい口調で話す人だった。
その誰かは、「理由なんて分からなくてもいいですね。綺麗だから。見ている間は、悩みが無くなったみたいな不思議な感覚になります」と言って微笑んでいた。
大好きな誰かとそっくりの口調で話すルオラが、何となく気に入らなかったのかもしれない。
わたしが素直になれない理由がそれなら、彼女は悪くない。わたしの胸を締め付ける何かの内のひとつが、今夜やっと具体的になった。ちゃんと謝らないといけない。
今夜は、膝を抱えたまま眠ってしまった。わたしが見ていない間も、星はずっと輝いていたんだ。きっと。
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