第72話 遊佐紀リンは雨宿りをする

75話まで、ちょっと憂鬱エピソードです。読み飛ばしOKです。

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 空を見上げても雲に裂け目は見えず、落ちてくる雨が絶えることがない。

 乗合馬車に乗って次の町を目指す途中、何年かに一度の大雨に遭遇した私たちは、廃村に向かった。

 干ばつにより滅んだ村だそうで、家の大半はもう朽ち果てているが、厩舎とその隣の家は健在で、この街道を行き交う行商人や乗合馬車の休憩所として利用されているらしい。


「お客様、申し訳ありません。この大雨では暫く馬車を出せそうにありません」


 御者の男がそう言った。

 出発が遅れるのは仕方のないことだ。

 ただ、困ったのはいつ出発するかわからないということ。

 雨が止み次第出発と言われた以上、拠点に帰って休憩することもできない。


 私たち以外のお客さんは三人。

 二十代後半くらいの女性と七歳くらいの女の子の母子。

 それと、ローブを着ている少し怪しい男の人。

 最初は三人家族なのかと思ったけれど、馬車の中での様子を見ていると別グループっぽい。


 私は何しようかな?

 うーん、よし、料理でもしよう。

 携帯食を念のために持っているけれど、味気ないもんね。


「あの、台所使っていいですか?」

「ええ、構いませんけれど、食材持っているのですか?」

「はい、持ってます」


 私は収納能力を隠すためのダミー袋をポンと叩いて台所に向かった。

 何を作ろうかな?

 調理器具は一式入っているんだけど、ここだと、拠点と違って調味料も限られてる。

 持ってきているのは塩と……あ、味噌玉を持ってた。

 小腹空いたとき、お味噌汁にしようと思って作っておいたんだよね。

 味噌そのままだったら持ちだすことはできないのに、味噌玉にしたら道具欄に入れることができる。

 他にも、砂糖をそのまま持ちだせないけれど、砂糖水にして瓶詰めしたら持ち出せたりする。

 これがあったらお味噌汁ができるんだけど、せっかくだし、料理に使わせてもらおう。

 そうだ、エンペラートラウトが残っていたはずだから、ちゃんちゃん焼きもどきにしよう!

 野菜に鱒に味噌……チーズがあったらいいんだけどなぁ。

 あ、ツバスチャンが作った日本酒を臭み消しに使わせてもらおう。


「ふんふんふん、限られた食材の中で料理ってのも楽しいよね」


 ツバスチャンに頼ることが多いけれど、私の趣味は料理だ。

 さて――


「ナタリアちゃん、魔法で火を出して……あれ? ナタリアちゃん?」


 いない。

 雨なのに散歩してるのかな?

 地図を見ると隣の家にいるみたいだ。

 攫われたとかそういうのじゃないっぽいし、空き家で使えるものがないか物色しているのか、それともお昼寝でもしてるのかな?


「リン、火が必要なら私がしよう」


 エミリさんがそう言って火打石を使って火を熾してくれた。

 

「ありがとうございます。じゃあ、料理作っちゃいますね」

「楽しみにしてる」


 ガスコンロではないので、火の調整とか面倒だけど、それが少し楽しい。

 火の調整をしていると女の子――確かルロアちゃんだっけ?――が隣でじっと私を見ていた。


「ルロアちゃん、もうちょっとでできるから待っててね」

「ねぇ、リンお姉ちゃん。何ができるの?」

「――っ!? ルロアちゃん、もう一回」

「何ができるの?」

「じゃなくて、私のことなんて呼んだの?」

「リンお姉ちゃん」


 リンお姉ちゃん!?

 なんて素敵な響き。

 前の町では年下の三人から子ども扱いされて、周囲からも小学生扱いされてきた私がお姉ちゃん。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「うん、大丈夫。いま、美味しい魚料理作ってるんだよ。ルロアちゃんの分もあるから待ってようね。ここは火があって危ないからね」

「うん!」


 ルロアちゃんは元気に頷いてお母さんのところに行った。

 いいなぁ、私、お兄ちゃんよりもあんな妹が欲しかったな。

 そう思いながら、火の調整をした。


 料理ができたので、お皿に盛り付ける。

 うん、いい匂い。


「ルロアちゃん、はい。魚には骨があるから気を付けて食べてね。お母さんもよかったらどうぞ」

「お姉ちゃんありがとう!」

「私も貰ってよろしいのですか?」

「はい。いっぱい作ったんで是非食べて下さい」


 母娘さんに渡した。


「御者さんもどうぞ」

「これはありがとうございます」

「お兄さんも――」

「……感謝する」


 よし、後は私たちの分だ。

 エミリさんと、あれ? ナタリアちゃんまだ戻って来てないんだ。

 雨の中外に行くのは――せっかく靴も乾いてきたのに。

 あ、そうだ。

 釣りの時に手に入れた長靴……うん、これを使っちゃおう。

 釣っておくものだね。


「ちょっとナタリアちゃん呼んできますね。エミリさんは先に食べていてください」

「私が行こう」

「大丈夫ですよ、もう靴も履き替えちゃいましたし」

「だったらこれを使え――雨除けになる」


 と言って、エミリさんは大きな布を渡してくれた。

 防水加工を施しているのか、全然濡れてない。


「ありがとうございます」


 私はエミリさんにそう言うと、布で頭を覆って隣の家に向かった。

 

「ナタリアちゃん! ご飯ができ……なにこれ?」


 家の中に入ると、部屋中に白い光の玉が舞っていた。

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