第7話 遊佐紀リンは味噌で炒める

「ツバメ? 本当に?」

「もちろんです。この額と喉の赤みを見てわかりませんか?」


 わからない。

 やっぱりデフォルメされたペンギンにしか見えない。


「じゃあ、空を飛べるの?」

「もちろんです。お見せしましょう」


 そう言ってツバメコンシェルジュは短い翼を広げて羽ばたいた。

 全くも浮かない。

 さらに翼が早くなる。

 一ミリも浮かない。


「ハァ、ハァ、なるほど。今日は調子が悪いようです」


 調子の問題ではないと思う。

 やっぱりペンギンじゃないだろうか?

 ただ、現代の日本は女性だと自認していれば男性でも女性として扱われる世の中だ。

 ツバメと自認しているのなら、ペンギンであってもツバメと扱うべきだろう。

 コンシェルジュの名前はあとで考えることにして、家の中を見る。


「水道も使えるんだ。これ、水はどこから汲んでるの?」

「海洋深層水を転送し、殺菌、脱塩したものを使用しています。本当は地下水をくみ上げてもよかったのですが、将来この村に井戸ができたときのことを考えると地下水を残したほうがいいでしょう」


 転送とかとんでもないことを言ってるな。

 ドラえもんのどこでもドアみたいなものでしょ? あ、一方通行っていうのなら取り寄せバッグかな? 

 でも、異世界ならそのくらいできるのかな?


「バカな、ここから海までどれだけ距離があると思ってるんだ? そもそも転移魔法など、遠い大陸の一部の地域で最近になって実用化されたと聞くが、それでもまだまだ解明されていない未知の技術だ。それをいとも簡単に使ってみせるとは――」


 エミリさんが驚いている。

 異世界でも非常識だった。


「さて、お嬢様。これから夕食の準備を――」

「あ、ご飯は私が作るよ」

「しかし――」

「いいからいいから。料理は私の趣味みたいなものだし」


 といっても、野菜はないし、素材となるのもお肉しかないんだよね。

 狼肉よりイノシシ肉の方がいいんだよね。


「エミリさん、少しイノシシのお肉貰ってもいいですか?」

「あ……あぁ、構わない」

「コンシェルジュさん、イノシシの解体ってできる?」

「もちろんです。この私にかかればイノシシだろうとドラゴンだろうと解体してみせましょう」

「それなら私も手伝おう」


 と手伝いを申し出るエミリさんをコンシェルジュさんは止める。


「お客様。些事はコンシェルジュである私にお任せください。お客様はどうぞ砂糖水でも飲んでお寛ぎください」


 砂糖水って、私はカブトムシじゃないんだけど――

 でも、疲れているのでほんのり甘い砂糖水はありがたかった。

 イノシシの解体を任せて、私達はその間にお風呂に入る事にした。

 昨日は野宿だったからお風呂に入れるのが嬉しい。

 ありがたいことに、いつでも入る準備ができている。


「エミリさん、一緒に入りましょう! さっきお風呂を見てきたけど、凄いですよ、ボディーソープにシャンーとコンディショナーもあるんです。洗面所には洗顔クリームに保湿クリームに化粧水、歯ブラシに歯磨き粉、ドライヤーまであるんですよ」

「待て、リン⁉ シャンプー、コンディショナー? なんだそれは、呪文か?」

「まぁまぁ、入ればわかりますから!」


 と言って、エミリさんと二人、仲良くお風呂に入った。

 エミリさんは終始、「なんだこれは」「どうして管からお湯が出るのだ?」「これはどういうものなのだ?」「温かい風が――魔道具か!?」などと驚きっぱなしだった。

 エミリさん、お風呂に入っている間も左腕の包帯は外さなかったけれど、付け替えなくていいのかな?

 訪ねても大丈夫しか言わなかったけれど、怪我だっていうのなら、治せる薬を開発したい。

 そう思ってお風呂から出ると、


「お嬢様、お待ちしておりました。ワイルドボアの解体、終了致しました」


 毛皮、肉、骨なども綺麗に揃っている。


「この短時間で……しかも見事な解体の技術だ。冒険者ギルドのベテラン解体師でもこうはいかないぞ」

「お褒めに預かり光栄でございます」

「ありがとう、コンシェルジュさん! じゃあ、さっそくイノシシ肉のみそ炒めを作るね!」


 臭み取りに料理酒を使いたいんだけど、調味料は「さしすせそ」しか使えない。

 なので、酢につけることにした。こうすることで肉の臭みを取るだけでなく、肉も柔らかくなる。

 加熱すると酸味も消えるので問題ない。 

 サラダ油もないので、猪の内臓脂の部分を代わりに使う。

 これを使ってラードを作るのもよさそうだ。

 イノシシ肉を細切れにして、味噌、醤油、砂糖を適量入れる。


「あぁ、いい匂いだ」

「待ってください、もうすぐできますから」


 お皿に盛り付け、完成。

 イノシシ肉のみそ炒め(野菜無し)!

 ペットボトルの水は全部あげちゃったので、飲みものは冷蔵庫で冷やした水道水だ。

 もちろん、コンシェルジュさんの分も含めて三人前用意した。


「じゃあ、食べましょう!」

「ああ――食べよう」

「私も同席してよろしいのですか?」

「もちろんです」


 手を揃えていただきます。

 うん、味噌の味が効いていて美味しい。

 異世界に来て味噌料理が食べられるなんて幸せだ。

 出汁を用意できれば味噌汁とかも作れるんだよね。


「うまいな……これはリンの故郷の料理なのか?」

「はい。今回はみそ炒めですけど、生姜があったら生姜焼きにしたら美味しそうですね」

「生姜か……あれは貴重品だからな。そう簡単には手に入らないぞ」


 この世界にも生姜があるのか。

 だったら、やっぱりいつか作らないとね。


「ところで、コンシェルジュさん。この村が食糧不足なのは何が原因?」

「そのことですが、この村には井戸がありません。なので、飲み水は離れた場所にある川に水を汲みに行くしかないのです。しかし、その川の水が上流の湖に現れた魔物によって汚染されてしまったのです」

「じゃあ、村の人たちの飲み水は?」

「離れた場所に泉があります。そこの水を汲んできて何とか持ちこたえてきたようですが、畑や家畜にまで使うことができないそうです。そのせいで畑の作物も育たず、家畜も……川にいた魚も獲れなくなり」


 うわぁ、それって大変なことじゃない。

 でも、あれ?


「なるほど。そういうことなら私の出番だな。上流にいる魔物の退治をすればいいのだろう?」

「待ってください、エミリさん。そこまでする必要はないです」

「確かに、私たちにそこまでする義理はない。だが、困っている人たちを放ってはおけないんだ」

「いや、その水って、水道の水を使えば問題ないですよね?」


 なにしろ、海の底の水が無限に使えるのだから。

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