第51話 遊佐紀リンは魚の皮を調理する

「リン、残念だったな」

「はい。大量なのは違いないんですけどね」


 結局、エンペラートラウトが手に入らなかった。

 そういえば、昔、お兄ちゃんから聞いたことがある。

 人間には物欲センサーというものが常時備わっていて、欲しい欲しいと願っている物に限って手に入らないのだという。

 その話を聞いたときは、何をバカなことをと思っていたけれど、あながち嘘ではないらしい。

 やっぱりウナギを捌いて、うな丼とかうな重を作ろうかな?

 この世界の人に、ウナギのかば焼きが通じるかな?

 ザリガニを釣りに使わずに天ぷらにして、天むすもどきを作ってもらった方がよかったかもしれない。

 

 ため息とともに家に帰ってきた。


「お嬢様、エミリ様、お帰りなさいませ」

「ただいま、ツバスチャン。それで――」

「お風呂の準備ならできていますよ、エミリ様」

「感謝する。早速頂くよ」


 エミリさんは鼻歌とともにお風呂に向かった。

 本当にお風呂が好きだよね。

 日本人の私だって毎日入らないと気が済まないけれど、エミリさんはこっちにいるときは何回も入っている。

 


「それで、お嬢様、釣りはどうでしたか?」

「いろいろ釣れたけれど、エンペラートラウト釣れなかったよ」

「それは残念でした」

「それに、魔物にも襲われちゃって」

「サハギンですね。釣りをするときにたまに釣れる魔物です」


 それを先に言ってよ。

 やっぱり、サハギンが釣れるのはゲームシステムのせいのようだ。


「酷いよ、ツバスチャン。そういうことは先に教えてもらわないと。サハギンもそうだけど、レッドポイズントードなんて――あんな大きなカエル、聖銃だけじゃ倒せなかったよ」

「おや? レッドポイズントードは通常釣れないはずですが」

「え? でも釣れたよ?」


 私がそう言うと、ツバスチャンは翼の先で顎を撫でて考える。


「お嬢様――そのレッドポイズントードを見せていただいてもよろしいでしょうか?」

「う、うん」


 なんだろう?

 家の中では狭いので、裏庭に行く。

 そこにレッドポイズントードを出した。


「これは……お嬢様、解体してもよろしいでしょうか?」


 ツバスチャンが何かに気付いたらしい。

 私にそう尋ねたので許可を出す。

 すると、ツバスチャンはレッドポイズントードを蹴り上げて、両翼に持った包丁を目にもとまらぬ早業でスパスパスパとレッドポイズンリザードを細かく切り分けた。

 皮も綺麗に剥がれている。

 さすがスーパーコンシェルジュだ。

 たぶん、純粋な強さでいったら、エミリさんよりも遥かに強いと思う。

 ってあれ?


 細切れになったカエル肉の中に、綺麗な魚が一匹。

 これは――


「やはりそうでしたか。おめでとうございます、お嬢様。これがエンペラートラウトです」

「え?」

「お嬢様が釣ったエンペラートラウトに、レッドポイズントードが食いついたのでしょう」


 そういうことだったのか。

 これでイクラと鱒が手に入る。

 でも、毒のカエルが一度食べた魚を食べても大丈夫なの?


「ご安心ください。このカエルの毒は皮膚にあります。口内に毒はありません」

「そ、そう。だったらいけるかな?」


 エンペラートラウトを台所に持っていく。


「泥抜きをしないと直ぐには食べられないよね」

「ご安心ください。お嬢様のゲームシステムで釣れた魚は体内に泥がたまっていません。臭みも少ないはずです」

「そうなんだ、便利」


 お腹を裂いてみると、中から大量のいくらが。

 これは醤油漬けにする。

 次に鮭を三枚におろす。

 剥いた皮は塩焼きにして食べようかな?

 鮭の皮が嫌いな人は多いけど、私は好きなんだよね。鱒の皮も似たようなものだよね?

 全部おにぎりに直ぐには大きすぎるから、少しはムニエルにしようかな。


 マヨネーズを作ってタルタルソースを作ろう。

 ラードがまだ残っているので、ラードマヨネーズにしようかな?


「ああ、いい風呂だった……ん? リン、その魚は?」

「エンペラートラウトです。レッドポイズントードが食べていたみたいで、お腹の中にあったんですよ!」

「そうだったのか。それは運がよかったな。ああ、ツバスチャン」

「はい。ビールを用意しています」


 ツバスチャンがそう言って、麦酒を用意した。

 エミリさん、お酒好きってわけじゃないけれどお風呂上がりのビールが好きなんだよね。

 こっちの世界のエールじゃなくて、日本のビールが好きみたい。 


「……エミリさんって、もしかしていいところのお嬢様だったりしますか?」

「どうしてだ?」

「使用人を使いなれているというか、ツバスチャンとのやり取りがとても自然に感じるんですよね。普段から執事を侍らせているみたいな」

「なるほど。まぁ、そうだな。リンの考察はだいたい当たっている。子どもの頃から執事には世話になっていた」


 そうなんだ。

 お風呂が好きなのも、実家に暮らしていたときは毎日のようにお風呂に入っていたのかもしれない。


「エンペラートラウトの皮を焼いたので、おつまみに食べますか?」

「いただこう」


 エミリさんはそう言って鮭の皮をつまみにビールを飲む。

 ……お嬢様らしいけれど、今のエミリさんって、仕事終わりのお父さんみたいだな。

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