第28話 遊佐紀リンはゴブリン退治をする

 村から歩いて北に向かう。

 森の手前に小屋があった。猟師のおじさんが一人で住んでいる狩猟小屋だって話だけれど中からは人のいる気配がない。

 ここで狩った獲物を村に届けているって言っていたけれど、最近村に来ていないそうだ。

 話を聞いた村人の話では魔物に食べられたんじゃないかと噂になっている。


 怖くなってきた。

 私は観光に来たはずだよね?

 もはや恐怖体験ツアーだよ。

 いくらエミリさんがいるって言っても、森の中だとどこから魔物が襲って来るかわからない。

 ……あ、地図があるからそれを見ればどこから襲って来るかはわかるか。

 地図を開く。

 森の奥まではわからない。

 地図って平原とかだと遠くまでわかるのに、森とかダンジョンのような場所だと範囲がかなり狭くなるんだよね。


 それでも不意打ちされないだけマシか。

 そして、いよいよ森の中に入る。


「虫よけスプレーを使いますね」

「虫よけスプレー?」

「はい。これを付けていると虫が近付いてこないんです」


 スプレーって言ったけれど、容器は霧吹きに近い。

 シュッシュッと自分に振りかける。

 次にエミリさんにもかけてあげて、最後にナタリアちゃんを見る。

 ナタリアちゃんの――フェアリーの羽って、鳥の羽より虫の翅に近いんだけど、虫よけスプレーが嫌いだったりしないよね?

 一応聞いておいた方がいいかな?


「リン、なんか嫌な目であたしを見ている気がするのじゃが……妖精は虫じゃないぞ?」

「ソンナメデミテナイヨ」


 危ない危ない、怒られるところだった。

 ナタリアちゃんにも虫よけスプレーを使う。


「森の中って、意外と道が整ってるんですね」


 観光地の森と違って自然の森って茂みとかのせいでまともに歩けない場所だらけだって聞いていたけれど、地図で見てもわかるくらいはっきりと道がある。


「ああ、森は貴重な資源だからな。特にこのあたりは森が少ないから、木材や薪として近隣の村にも運ばれている。その木材を運ぶためにも道は必要なのだろう」

「この森を管理してる人はよくわかっているのじゃ。森を育てる上で邪魔な木だけを間引いている。大事にしてきたのじゃろう」


 ナタリアちゃんが空を飛んで、南天のような小さな赤い木の実を採って言った。

 そっか、私にとっては初めて訪れた森でも、村の人にとっては思い入れのある森だったんだね。

 エミリさんはそれをわかっていて、魔物退治を引き受けたんだ。


 凄いな、エミリさん。


「どうしたんだ、リン」

「いえ、エミリさんは立派だって思ったんです」

「リンも知ってるだろ? 私はただ恨まれるのが嫌なだけだって」


 エミリさんはそう言って苦笑するけれど、人の恨みを誰よりも知っているのに他人に優しくできることがなによりも凄いんだと思う。


「じゃあ、恨まれないように魔物を倒さないといけませんね」

「そうだな。でも、今回依頼を受けたのはそれだけが目的ではないがな」

「ん? エミリの目的とはなんじゃ?」

「それは――」


 とエミリさんが何かを言いかけたとき、


「敵たちが真っすぐこっちに向かってきます」


 赤い印がこっちに向かって来る。

 エミリさんが剣を抜く。


「数はっ!?」

「五です」


 出てきたのは――上半身裸の緑の人?

 それが四人いる。

 ただ、人って呼ぶには少し顔が狂暴過ぎる気がする。

 手には斧を持っている。


「うわぁ、ゴブリンじゃ」

 

 ナタリアちゃんが嫌そうな声を出す。

 ゴブリン?

 あ、聞いたことがある気がする。

 確か、ゴブリンって弱い魔物だったと思う。

 でも、なんで斧を持ってるの?


「林業用の倉庫をこじ開けて斧を奪ったのだろう。迎え撃つぞ」

「まずはあたしが敵を減らすのじゃ! 風の礫!」


 そう言ってナタリアちゃんが魔法を放つ。

 風の衝撃波のようなものがゴブリンの頭を潰した。

 うえっ、気持ち悪い。

 でも、遠距離攻撃なら私だって――


「聖銃っ!」


 大丈夫、射撃訓練場でも結構当たってたし、私は本番に強いタイプ!

 って、あれ? 狙いが定まらない。

 そういえば、動いている相手に撃つのって初めてだった!

 ああ、もう、ダメ元でっ!


 私が撃った弾は狙った相手より遥か横に逸れて茂みの中に入っていき、


「うぎゃっ!」


 その茂みの中にいたゴブリンが頭から血を流して倒れた。


「リン、なかなかやるのじゃ」


 ナタリアちゃんが褒めてくれるけれど、ごめん、そこを狙ったんじゃない。

 ああ、もう。

 やっぱり練習不足だ。

 乱戦中は絶対に使わないようにしよう。

 でも、ゴブリンはまだ三匹もいる。

 いくらエミリさんが強いっていっても三対一なら――


「終わったな」


 って思ったら、エミリさんは既にゴブリンを倒して、布を使って剣についた血を拭っていた。

 心配するだけ損だったようだ。


「村の人が言っていた魔物ってゴブリンのことだったんですね」

「うーん、ゴブリンは確かに人を襲うけれど、でもそこまで大きな声で鳴かないのじゃ」

「それに、このゴブリンは私たちを襲ってきたというよりかは、森の奥から逃げてきたかのようだった。恐らく本命は別だろうな」


 ……これで終わりじゃないんだ。

 しかも、ゴブリンが逃げ出したくなるほど強力な敵がいるってことか。

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