第94話 遊佐紀リンは試すために寄生する

 でも、私に与えられた能力がアニメの主人公向きだとは思えない。

 困ったときに「たすけてツバえもん!」って言って助けてもらえる部分はいいとして、寄生って。

 自分では努力をせずに他人の力を借りて成長するって、絶対に主人公向きじゃないと思う。

 どちらかというと、主人公を怠惰の道にそそのかす悪者のポジションだよね?


「それで、なんで、その不思議な力を持っていなくて、なんでよかったって思うんですか? 不思議な能力ならあった方が便利じゃないですか」

「力があったら責任を伴う。あのとき、拳銃を持って宝石強盗に加担したとき、俺はそれをわかっていなかった」


 虎貫さんは自分の手の平を見て言う。


「でも、力があったらさっきみたいに刺されなかったですよね?」

「相手を傷つけるよりマシだよ。それでも、サルメやラックを守れる力は欲しいと思うがな」

「償いのつもり?」

「何もしないことが償いとは思わないよ。楽なんだよ。逃げ――だな」


 虎貫さんは自嘲するように言った。

 自分勝手だと思う。

 あれだけ他人に迷惑をかけておいて、償いもせずに生きていきたいなんて。

 でも、彼が自分の罪を悔いているということだけはわかった。


「私は明日には旅に出るよ」

「ああ、無事を祈っている」

「ああ、そうだ。言っておかないと」


 私はそう言って、椅子の下に隠しておいたそれを出す。

 重くて持ちあがらないから、ズラすだけだが、それが何かは虎貫さんにはすぐにわかったらしい。


「それは!? 中身はアレなのか?」


 彼の目の色が変わった。

 私が出したのは米俵だった。


「うん。ここから西の村で育てられてるの。結構遠いけれどね。1000イリスで売ってあげる」

「……いいのか?」

「ええ。あなたのためじゃなくて、お米料理の知名度が上がれば米の値段も上がると思うのよね。お世話になってる村だから。ああ、でも、塩おにぎりを作って食べてもらったけれど評判はあまりよくなかったわよ?」

「手がべたべたする食べ物は好まれないからな。表面を焼いておこげ風にしたら……いや、この地方の味覚を考えるとドリアやリゾットの方が好まれるかもしれないな」


 と虎貫さんは考察を始めた。

 まるで料理人の目だ。

 私がじっと見ていると、彼は気付き、


「すまない。これを客にどう食べてもらうか考えていたら止まらなくなった」


 と恥ずかしそうに頭を搔いた。

 もう、彼は料理人として生きているんだって思った。




 翌朝、エミリさんとナタリアちゃんが戻ってきた。

 エミリさんからほのかにシャンプーの香りがしたので、朝からもお風呂に入ってきたのだろう。

 朝食はご飯かと思ったけれど、昨日と同じモーニングセットだった。

 お米はいつでも食べられるのでこちらの方がありがたい。

 私たちは乗合馬車の乗り場に向かった。

 プディングさんを始め冒険者ギルドの職員、一緒に戦った冒険者さんたちが見送りに来てくれた。


「リン、エミーリア、ナタリア! 本当に助かった。冒険者ギルドを代表して礼を言う」

「これからの頑張り期待してるぞ、死霊王討伐者リッチスレイヤー

「ありがとうございます。頑張ります」


 プディングさんとランドールさんに礼を言う。

 この町ではいろいろとあったけれど、私にとっていい経験になった気がする。

 馬車の出発時間になった。

 私たちは馬車に乗り込む。

 今回は前回と違い、十人くらいの客が既に乗っている。

 これから出発といったところで、


「リンさん! ちょっと待ってくれ!」


 虎貫さんがやってきた。


「食事を作った。よかったら道中に食べてくれ」

「……ありが――」

「礼はいい。罪を償う意味もない。ただ、君に食べてもらいたいんだ」


 私は黙ってランチボックスを受け取る。

 馬車が出発する。

 振り返ると、手を振るプディングさんたちの脇で、虎貫さんが深く頭を下げていた。


 お弁当箱の中を見る。

 中はおにぎりだった。


「リンの世界のソウルフードというのは事実のようじゃが、形が違うの」

「うん、俵型だね。お弁当箱に入れるならこっちの方が綺麗に入るから」


 あと、おかずとしてウインナーが入っていた。タコさんの形がしていて思わず苦笑する。


「ところで、リン。さっきお弁当箱を受け取る時トラヌキの指に触れたな。わざと触れただろ?」


 小声でエミリさんが尋ねると、私は小さく頷いた。


「寄生しました」

「あいつは戦わないだろう?」

「寄生で入る経験値は魔物を倒して手にはいるものだけではありませんから」


 寄生した相手が剣を振れば剣術の技能経験値が、魔法を使えば魔法の技能経験値が入るように、料理をすれば料理の技能経験値が入るらしい。


「それで、どうするのじゃ?」

「私はたぶん試したいんだと思います」


 彼は力がないから何もしないといった。

 それが楽だと。逃げだと。

 だから、いつか寄生による恩返しポイント。

 それによって得られたポイントで彼に力を与えたらどうなるのか?

 彼はどうするのか?


 いったいなんのためにそんなことをしたいのか、自分でもわからない。

 彼がその力を使って罪を償ったら私はどうするのか?

 逆に、彼がその力を使って罪を犯したら――その時は――


 私はいったい、何をしたいのだろう?

 その答えはきっと彼が行動に出たときわかるのだろう。


――――――――――――

 お知らせ

 取材旅行のため、3月1日までお休みを頂きます。

 長期連載休暇になりますが、ご了承ください。 

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