第93話 遊佐紀リンは異世界召喚物語の主人公認識をする
虎貫さんを刺した人は衛兵に引き渡されることになった。
慣例からして、五年から十年の労役刑が科せられるだろう。
私の予想通り、慰労会は後日に延期になった。
私たちは明日にはこの街を出る予定なので丁重にお断りすることになった。
プディングさんは渋っていたが、それを受け入れてくれた。
さすがに今日は疲れたのか、エミリさんとナタリアちゃんは帰還チケットを使って拠点のふかふかのベッドで寝ると言ったけれど、私は宿屋で寝ることにした。
明日出発となれば、きっと彼も話したいことがあるだろうから。
そう思っていたら、扉がノックされる。
返事をすると、入ってきたのは私が思っていた人とは別の人だった。
「失礼します」
入ってきたのは虎貫さんの妻のサルメさんだった。
「今日は主人を救ってくださりありがとうございました。それで、治療費のことですが――」
「必要ありません。薬は自分で作ったものですし、予備も十分ありますから」
「それで……その……他の皆さんは?」
「朝まで飲んで回るって言っていました。今日ここに泊まってるのは私だけです」
「そうですか……」
サルメさんの本題は治療費のことじゃなかったようだ。
「あの……リンさんは主人と同郷なのですね?」
「はい。そうですね」
日本という大きな括りで言えば同郷だ。
「主人は生まれた場所についてあまり語りません。ただ一言、犯罪者だったとだけ」
「それでもサルメさんは虎貫さんと――ご主人と結婚することにしたんですか?」
「……はい。ですが、やはり気になるのです。そして、リンさんはその犯罪の被害者の方なんですよね?」
「はい」
私は即答した。
嘘を言っても仕方がない。
虎貫さんとの会話で、きっとそれはわかったのだろう。
「主人は一体、何をしたのですか?」
「それは言いません。虎貫さんが話すべきことですし、秘することでもありますから。ただ、彼の話が事実なら、彼は罪を犯したくて行ったわけではなく、脅されて袋小路に陥って、犯罪者の仲間になっていたそうです」
「そうですか……でも、主人のやったことは許されることではないのですよね」
「はい。私も許すつもりはありません」
それは絶対に。
薬をあげて治療したけれど、それは許したからではない。
ここで彼を見殺しにすれば、私も彼と同じになってしまう。
少なくともサルメさんやラックくんを悲しませるようなことはしたくない。
「それで、虎貫さんは?」
「さきほどもう一度目を覚まして、いま食事をしています。血を増やさないということで、お肉を――」
「そうですか」
「それで、主人にリンさんが明日旅に出ると伝えたところ、もう一度会って話がしたいと」
「わかりました。あと一、二時間は寝ずに起きていますから、用事があったら来るように伝えてくださ――いえ、食堂をしましょう」
さすがに
サルメさんだっていい気はしないだろう。
この時間なら食堂も利用している人はいないだろう。
食堂で待っていると、虎貫さんがやってきた。
「待たせて済まない」
「ううん、寝るにはまだ早いし。それで、何の用事?」
「……改めて日本のことを謝罪したい」
「謝罪は聞いたわ。許さないけど。あなたたちは私じゃなくて私の親友を殺そうとしたんだから」
もしもあの時殺されそうになっていたのが私だけだったら、ここまでムキになったりしなかっただろう。
ううん、もしかしたらあそこでアイリス様に願って異世界に行こうだなんて思わなかったかもしれない。
「それでいい。それで、気になるのは――君の力だ。君は拳銃を持っていたが、あれは」
「私の力よ。あなたには作れない私だけの力。女神様から授かったの」
「そうか……よかった」
虎貫さんは笑った。
「いや、すまない。リンさんは異世界召喚などの漫画やアニメを見たことがあるかい?」
「いえ、そういうのは興味がなかったので。えっと、不思議な国のアリスくらいなら」
「そうか。ではわからないのも無理はないが、そういう物語の主人公は異世界に来たとき不思議な力を神様から授かるんだ」
まるで私みたいだ。
私は異世界召喚物語の主人公だったようだ。
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