観光都市の矛の先

第95話 遊佐紀リンは観光都市に期待を寄せる

 馬車での移動はいろいろと問題がある。

 ただの荷車に僅かな雨風と埃を凌げる程度のほろがあるだけだから、サスペンションなんてものはない。とにかく振動が酷い。

 だから、乗り物酔いやお尻の痛みが酷いのだが、実際のところ、リンたちには問題はない。

 酔い止めの薬と痛み止めの薬のお陰でどちらも完全に防いでいる。

 本当の問題は、何もないことだ。

 何もない、そう、何もないのだ。

 景色だけ。

 最初は異世界の手付かずの雄大な自然に、「うわぁ、凄い!」「綺麗! こんな景色見たことない」なんて言っていたものだけれど、どんな景色でも長い間見ていれば飽きてくる。

 しかも帰還チケットは使えない。

 移動中はもちろんのこと、ウマの休憩中だって、他の客に声を掛けられるし、御者からは遠くに行かないように言われている。

「暇だよぉ」

「リン、何度目じゃ? そこの童だって我慢しておるのじゃぞ」

「うん、そうだけど」

 ナタリアちゃんの言う通り、客の子どもも文句を言ったりしない。むしろ景色を見て楽しそうにしている。

「それに、退屈なのはいいことだ。魔物が出たら私たちが戦わないといけない。そのための冒険者割引なのだぞ?」

 エミリさんが嗜めるように言った。

 冒険者にはいろいろな特権が与えられるが、そのうちの一つが馬車の割引だ。

 冒険者はランクに応じて料金が割り引かれる。

 Bランクのエミリさんの料金は無料。Eランクのリンですら五割引きと好待遇だ。

 ただし、割引を受けるには移動中に周囲の警戒、索敵、また討伐可能ランク一つ以下の魔物が現れたときの討伐義務が課せられる。

 例えばBランクのエミリさんの場合、Cランク相当の魔物が出たら退治しないといけない。

 また、周囲の警戒もしなければいけないという決まりもある。

 正規の料金を支払えばその義務もなくなるのだが、どちらにせよ魔物が出てきたらエミリさんは戦うんだし、エミリさんが戦うのなら私も補助をしないといけないので冒険者割引で乗ることになった。

 尚、妖精族のナタリアちゃんの馬車の料金は無料だ。

 妖精族が馬車にいると魔物に襲われないという民間伝承があるらしい。

 雄の三毛猫が船に乗っていると沈没しない――みたいな迷信だろうけれど、そもそも鞄に入るサイズだし邪魔にもならない上に、妖精族自体が非常に数の少ない種族なのでゲンを担いで無料にしている馬車は多いそうだ。

 つまり、リンも冒険者割引を受けている以上、周囲の警戒は必要なのだが――

「あ、御者さん。この先に魔物が一匹いるのでゆっくりいってください。見えてきたら私が対処します」

「嬢ちゃん、本当かい?」

「はい」

 馬車が少し進むと、街道の真ん中でゴブリン一匹が鹿を追いかけていた。

 あ、手作りの石斧(?)で頭を殴られた。

 私は聖銃の引き金を絞る。

 銃弾は真っすぐゴブリンに命中。

 貫通してさらに遠くに飛んでいった。

 貫通弾を使ったのは、そちらの方が威力が上がるからだけど、頭に当たったので貫通弾でなくても即死だっただろう。

 ゴブリンはそのまま倒れて動かなくなった。

「いやぁ、嬢ちゃん! 大したもんだ! こんな魔法見たことないよ」

「ありがとうございます」

 魔法じゃなくて銃なんだけど、でも聖銃だし何もないところから出てくる魔法の武器だから、魔法でもいいよね?

「じゃあ、先を急ぎましょうか」

「ちょっと待ってくれ。嬢ちゃん、あの鹿はどうするんだ?」

「どうするって……私はいりませんけど」

「そうか――だったら」



 先ほどまでは景色を見ることしかやることが無いと思っていた私だが、できることが追加された。

 鼻を摘まむことと、目を逸らすことだ。

 それほど広くない馬車に、新たな客が入ってきた。

 鹿だ。

 既に解体済みなのだが、何故か首から上だけはそのままになっている。

 なんでもこれから訪れる薬師が鹿の頭を欲しがっているらしく、このまま運びたいらしい。

 布でくるまれているが、布に血が染み出ている上にその臭いに気分が悪くなる。

 酔い止めの薬がなければ私は乙女としての矜持を失っていただろう。

 酔わなくても悪臭であることには違いないわけで。

 ちなみに、鹿の肉は夜の野宿で客に振舞われるそうだ。

 わーい、大盤振る舞い! こんな状況だと食欲全然湧かないけれど!

 てな感じで野宿は鹿肉を焼いたものを食べた。

 焼いただけの肉になりそうだったので、塩を提供したらとても喜ばれた。

 内陸なので塩は貴重だそうだけれど、家にいけば塩は使い放題。そのままでは例え道具欄に入れても持ち出せないのだが、道具欄に入れて開発して「岩塩」に造り変えたらそのまま持ちだせることが判明。製作時間も十秒なので、道具欄には上限ギリギリの岩塩が保管されている。行く町行く町で少量ずつ売りに出すことにしている。

「お母さん、明日の町楽しみだね!」

「そうね」

 王都に出稼ぎに行っているお父さんが仕事に成功したから呼び出されたと言う母子の会話が耳に入って来る。

 明日は王都ではなく、ある丘の町に行くだけだったはずだけど?

「あの、明日は何があるんですか?」

「お姉ちゃん、知らないの? 明日行くのは有名な観光都市なんだよ!」

「観光都市!?」

 でも、これまでの観光都市といったら、森の梟、スライム牧場、ゾンビの出る町……あ、最後は違うか……とにかく観光資源になるものはあっても、観光都市ではない。

 観光都市、どんなところなんだろう?

 詳しく聞いてみた。

「これから行く町、サンジミーノは数百年前の古い街並みをそのまま現代まで残したと言われている遺跡都市なんです。なので物珍しさから多くの人が訪れるんですよ」

 へぇ、遺跡都市か。

 今度こそ本当に観光都市っぽい。

 少し楽しみ……ん?

 でも、私にとってこの世界の建物は全部中世から大航海時代くらいの街並みを再現している街だから、それがさらに古くなってもあんまり違いがわからないんじゃないかな?

 この世界にずっと住んでいたわけじゃないし、例えば町の建物がバロック建築からロマネスク建築に変わったところで、違いなんてわからない。

 んー、今回もあんまり期待できないかな?

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