第2話 遊佐紀リンは四つの能力を授かる

 白昼堂々に起きた突然の宝石強盗犯三人とそして私、遊佐紀リンのまさに神隠しと言うべき現象について、マスコミは代々的に取り上げた。

 警察は私を人質にして犯人が逃げたと断定して捜査を続ける。

 ミコは無事だったが、私のことを心配してくれているそうだ。

 私達が異世界に旅立った後の未来を見たアイリス様がそう教えてくれた。

 旅立ったと言ったが、まだ異世界には行っていない。

 いまは地球と異世界の狭間、神の空間と呼ばれる場所にいる。

 そこで、異世界について説明を受けていた。

 文明レベルは16世紀のヨーロッパ程度。

 電気や蒸気機関の無い世界。

 魔法というものが存在し、それを使える人間がいる。

 さらに、魔物という恐ろしい猛獣のような存在もいる。

 普通の地球人が異世界に行ったら直ぐに死んでしまうので、異世界に行く人間には女神様から一人一つ、素敵な力を授けられるらしい。

 ある程度の能力なら授けることができるって言われたけれど――


「選択肢が多すぎますね。まるで、無人島に行くとしたら何を持っていく? って聞かれているみたい」


 さすがにイリジウム衛星電話も異世界だと使えないだろう。

 そもそも使えたところで、異世界にいるって言っても誰も助けてくれない。質の悪い冗談だって思われるだけだ。

 さらに、脱出用ボートを持っていくのは反則なのと同じで、地球に戻るための能力はないようだ。

 でも、それ以外なら大抵の能力が手に入る。

 空を飛ぶ。植物を操る。動物に懐かれる。

 アイリス様が持っている未来を視る能力なんていうものもある。

 ちなみに、異世界の言語がわかる能力は全員に与えられるらしい。さらにいえば、異世界では誰もが持っている、しかし地球人は持っていない病気への免疫能力についてもあるそうだ。


「それでは、冬志様と同じ恩恵はいかがでしょうか?」

「お兄ちゃんと? お兄ちゃんってどんな恩恵を貰ったんですか?」

「好きなゲームのシステムをそのまま使える能力です」

「トウシ兄らしい」


 私は苦笑した。

 兄が好きなゲームといえば、蒼剣シリーズのことだろう。

 第一作「聖剣の蒼い空」は兄が何百時間も遊んだゲームのはずだ。第二作「聖剣の蒼い大地」の発売日に兄は行方不明になったが、兄は事前に予約、ダウンロードして遊ぼうとしていた。その能力を選んだのは、ゲームをできなかった未練もあったのだろう。


「確か、第三作「聖剣の蒼い海」が発売されたってCMでやっていたっけ」


 私が呟くと、アイリス様は笑顔で言った。


「はい! 私も『聖剣の蒼い海』を発売日当日に手に入れましたよ! 冬志様に『聖剣の蒼い大地』を勧められてから嵌ってしまいまして。これって、沼っていうんですよね?」


 知らんがな。

 ていうか、兄はなんで神様に布教しているのよ。


「その能力って便利なんですか?」

「はい。冬志様はそれでいろいろな力を手に入れたようですね」

「じゃあ私もそれにしようかな。具体的にどんな力なんですか?」

「えっと、簡単に説明するとですね――」


 魔物を倒すとお金と経験値が貯まる、経験値が貯まるとレベルが上がる。

 特定の行動をすることで技能が身に付く。

 他にも拠点を設置することで、いろいろな恩恵を受けることができる。


「そうだ、リンさん、私と一緒にゲームしていきませんか? リンさんの願いだっていうのなら上司も許してくれると思うんです。遊佐紀さん……冬志様なんて、ここで200日くらいゲームしてから異世界に行ったんですよ?」

「……兄が迷惑を掛けました」


 とはいえ、私もさすがにこんな何もない世界でゲームをする気にはならない。

 まぁ、遊びなんだしなんとかなるだろう。


「でも、レベル上げって魔物を倒して強くなるんですよね? 戦うとか怖くてできないですよ」

「そうですね。じゃあ、二つ目の能力は、自分で戦わなくても強くなる力っていうのはどうですか?」

「そんな能力が……二つ目? 能力って一人一つですよね?」

「はい。だから、ここからは宝石強盗の分ですね。彼らに能力を渡しても悪事にしか使いそうにないですし、リンさんが貰っちゃってください」

「そんなのアリ? ……いや、貰えるっていうのなら貰いますけど。戦わなくても強くなるってどういう力ですか?」

「寄生っていう能力です。特定の相手を指定することで、その指定した相手が魔物を倒したときに得られる経験値、お金、ドロップアイテムなどが貰えちゃう能力です」

「それって、寄生された人に怒られますよね?」


 ヒモより酷い。

 一生懸命働いている人の給料を丸々貰っちゃうようなものだ。


「大丈夫ですよ。元々異世界の人間が魔物を倒して得られる力っていうのは、ゲームシステムの経験値とは別物ですし、ゲームシステムの能力を持っていない人は最初からお金もドロップアイテムももらえませんから」

「ならいい……のかな?」

「はい。あ、寄生については、最初は一人にしかできませんが、リンさんのレベルが上がったら寄生できる人数が増える仕組みになっています」

「なんでそんなことに? いや、まぁいいです」


 他人に迷惑を掛けないっていうのならそれでいいや。

 あとは――やっぱり異世界っていうと、病気とか怖いし、不便なことも多いと思う。

 ペニシリンみたいな抗生物質もないだろうから、ちょっとした感染症で死ぬかもしれない。


「地球の物を取り寄せる能力とかありますか? 薬だったりそういうのを」

「ああ、それは無理ですね」

「神の力を越えた願いですか」

「はい。冬志様も最初はゲームを持って異世界に行きたいって言ってましたが、断るしかありませんでした」


 どんだけゲームをしたいの、あのバカ兄は。


「はい。薬草などを組み合わせて薬を作ったり、魔力を使って魔道具を生み出しす『開発者』って言う能力ならありますよ」

「本当ですか?」

「はい。癖の強い能力ですが、慣れると便利なはずです」

「じゃあ、それにします。あとは……コンシェルジュ……」

「コンシェルジュ?」

「はい。スーパー万能執事みたいなのがいてくれたら便利だなって思って」

「……そういうお助けキャラですか。ちょっとこれまでにない能力ですが……少し時間がかかりますができないことはないですね。この能力については後日配布ということになりますがよろしいでしょうか?」

「はい!」


 これで四つの能力が決まった。

 結構すんなり決まったように見えるけれど、あれでもない、これでもないって議論を重ねて、かれこれ二時間くらい経っている。

 ちなみに、宝石強盗たちは既に異世界に旅立ったらしい。

 アイリス様は私につきっきりだったので、何の説明もないまま異世界に行ったそうだ。

 一応、凶悪な魔物のいる場所ではないそうなので簡単に死んだりしない。


「では、リン様。そろそろ旅立ちの時ですね」


 アイリス様がそう言うと、私の身体が徐々に透けていく。

 まるで成仏するみたいで変な感じだ。


「ありがとうございました」

「いえ、私は自分の役割を果たしただけです。それで、リン様は異世界でどうなさるのですか?」

「とりあえず、お兄ちゃんを探そうと思います」

「そうですか。是非、頑張ってください。でも、それなら冬志様を探すための能力を選んだ方がよかったのでは――」

「え? あ、そうだ! アリシア様! 待って! いまからでも変更を――」


 変更をする前に、私は異世界に旅立つことになってしまった。

 コンシェルジュがいてくれたら、私の間違いを正してくれただろうか?

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