遊佐紀リンと四つの能力《チート》~勇者は必要ないそうなのでのんびり異世界を楽しもうと思います~
草徒ゼン
プロローグ
第1話 遊佐紀リンは異世界に行く
「ねぇ、リン。無人島に持っていくとしたら何を持っていく? あ、脱出用のボートってのは反則だからね!」
隣の席に座っているミコが脈絡もなくそんな質問をしてきた。
私、遊佐紀リンは手垢の付きまくって真っ黒になっているその質問に、実はあまり意味がないと思っている。
だって、本当に無人島に漂着するような人は事前に何かの準備をできるはずがない。
何か持っていくものを選べるという時点で、それはテレビの企画か何かであり、つまりは命の危険はない。
だから、ネタに走っても正解だし、むしろガチの答えを出すのは間違いだったりする。
もっとも、質問をしてきた友人、御子にそんな意図がないのはわかりきっているので、空気を読める私は最適解を導き出す。
「脱出前提ならイリジウム衛星電話」
「なにそれ?」
まぁ、私も詳しくは知らないけれど、無人島でも使える携帯電話らしい。
前に何かの動画で見た。
電話が通じれば助けを呼べるだろう。
「ちなみに、御子は何を持っていくの?」
「もちろん、コンシェルジュ!」
御子が自信満々に言う。
「コンシェルジュって、執事みたいなの?」
「うん。コンシェルジュにかかれば、ご飯は作ってくれるし家は建ててくれるし、いざとなったら脱出用のボードを漕いで家まで連れて行ってくれるから」
「コンシェルジュ能力たけぇぇぇ」
持っていくの選択肢に生物を入れてはいけないという前提条件が無かった以上、ミコの答えを否定することはできない。
そんな万能人間がいてくれたら、過酷な無人島生活もさぞ快適なリゾート空間に変わることだろう。
もっとも、そんなコンシェルジュを雇うためにかかる費用のことを考えると、おちおち休暇気分ではいられないだろうけれど。
「だったら、神様がどんな願いでも叶えてくれるって言ったらどうする?」
「そうね、この工事の音を何とかしてほしいかな。あと、パトカーの音も煩いし」
窓の外を見ると、体育館の補修工事とかで多くの工事関係車両が校庭に入ってきて、今朝から大きな音を立てている。
「もっと夢のある願いにしてよ。あと、パトカーの音は近所で宝石強盗があったみたい」
ミコがスマホのSNSを見て言う。
宝石強盗ね、物騒な話だ。
闇バイトが関わっているのだろうか?
「だったら、身長を伸ばしてもらう」
私は夢のある願いを言った。
高校生になっているのに、いまだに小学生と間違えられることもある私にとって、この身長の低さは胸が小さい以上のコンプレックスだ。
「それは神の力を越えた願いだ」
「なによそれ――んー、だったらお兄ちゃんを連れ戻してもらうかな」
「行方不明だっけ?」
「……うん」
私の兄、遊佐紀冬志は四年前に突然姿を消した。
朝食の時間になってもリビングに来ないからまだ寝ているのかと思って兄の部屋に行ってみれば、もぬけの殻。
兄がずっと楽しみにしていたゲームを遊んだ形跡もない。
どこにいったのかはわからないまま、四年が過ぎた。
でも、時折変な夢を見るようになった。
女神を名乗る女性から、私の兄は異世界に召喚されたのだと。
本当に変な夢だ。
「ミコはどんな願い?」
「そうだねぇ。私は私専用のコンシェルジュが欲しいかな」
「凄いコンシェルジュ押しだね……ん?」
窓の外を見ると、黒いワゴン車が、工事関係車両が出入りするために開いていた校門から校庭に入ってきた。
「どしたの、リン」
「あの車――工事車両にしては変だなって思って」
黒いワゴン車が校庭に入ってきた。
やけに運転が荒いし、工事関係者が入っているというのなら体育館に向かうはずなのに、何故か校舎の方に車を停めた。
「本当だね。あんなところに車を停めたら邪魔だよね」
「まぁ、放課後までにはいなくなるわよ」
休憩時間も終わって、みんな自分の席に戻っていく。
そろそろ先生も来るだろう。
と思っていたらパトカーが次々に校庭に入って来る。
一体何が? と思ったら、今度は慌ただしい足音とともに、目出し帽を被った三人組の男たちが教室に入って来る。
「てめぇら! 動くな!」
男たちはそう言うと同時に、発砲音が鳴り響く。あとから遅れて、彼らが鉄砲を持っていることに気付いた。
天井からつるされている蛍光灯にあたり、割れる音とともにガラスが飛び散る。
悲鳴が聞こえた。
「動くな! 逃げたら逃げた数だけここにいる奴らを殺す!」
「おい、逃げるな!」
「ちっ、一人逃げたか」
誰が逃げたのかはわからないが、強盗の一人は悪態をついて扉を閉めた。
学校側も事件を察知したようで、校内放送で生徒たちの避難誘導が始まったが、私たちは動くことができない。
後ろの扉に男が回り、内側から鍵を閉める。
持っているのはボストンバッグ。
そして、拳銃。
あいつらさっきミコが話していた宝石強盗だ。
なんで学校なんかに逃げ込んだのか。
窓の外を見ると、逃げ出した生徒が段々と校舎の外に出ていき、警察官に保護されていた。
「もう大丈夫だぞ」と優しい言葉を掛けられているのだろうが、大丈夫に決まっている。
だって、彼らは人質じゃないのだから。
「おい、窓にいる奴、カーテンを閉めろ!」
私は言われるがままにカーテンを閉めた。
そして、男たちはみんなのスマートフォンを回収していく。
「ねぇ、リン。私たち大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ。ここで私たちを殺してもあいつらにメリットはないし」
宝石強盗たちはさっきから電話で警察と交渉しているらしい。
私はいまはこの世界にいない兄のことを思いだし、カーテンの隙間から空を見上げた。
犯人は生徒の携帯電話を使って、警察と交渉をしている。
逃走資金とヘリを用意しろ言っている。
ヘリを用意してもらったところで、こいつらに操縦できるかは不明だ。
自動車免許で操縦できると思っているのだろうか?
一時間以内に用意できなかったら十分毎に生徒を一人殺すとか言っていた。
さすがに脅しだろうと思っていたが、一時間経ったとき犯人が動いた。
「時間だ」
「ああ、時間だな。誰を殺す?」
「最初は男でいいんじゃないか?」
本当に!?
三人とも殺す気満々だ。
クラスメートは40人。
殺される確率は1/40。
いや、一人逃げたから1/39か。
「そうだな。じゃあその一番小さなガキを殺すぞ。背の順ってやつだ」
自分以外にその特徴を持つ人が見当たらない。
なんでよりによって私!?
「待って! リンは私の友達なの! 殺さないでください!」
そう言ったのはミコだった。
「お願いします!」
「や、やめて、ミコ」
「大丈夫だよ、リン。きっとすぐに警察が助けてくれるから」
震える声で言う私に、ミコは優しく、そして震える声で言った。
男が銃口をミコに向ける。
「いい友情だな。よし、じゃあ二人一緒に殺すか」
ダメ!
助けて、誰か!
生徒たちを見るが、何も言わない。
目を閉じ、耳を塞ぎ、関わろうとしない。
「ダメ、お願い、ミコを……助けて」
「ダメだな、もう時間切れだ」
犯人が拳銃の引き金に手を掛けた。
私は恐怖で目を閉じ叫んだ。
「助けて神様!」
▼ ▽ ▼ ▽ ▼
銃声が聞こえてこない。
悲鳴も強盗犯の声も、外から聞こえていた喧噪も。
代わりに、女性の声が聞こえてきた。
「呼びましたか?」
彼女は突然現れた。
初めて見る女性。いや――
「アイリス……様?」
夢の中で何度か会った。
私の兄が異世界に召喚されたと言っていた女神様だ。
突然現れた彼女に、誰も反応を示さない。
いや、示せないのだ。
周囲を見ると、誰も動いていない。
まるで石のように固まっている。
「って、なんですか!? この状況はっ!? 修羅場ってやつですか!?」
アイリス様は宝石強盗に占拠された教室を見て驚き声を上げた。
アイリス様が驚いている間に、私はなんとかミコを助けようとするが、彼女の身体が動かない。
間に机を置いて銃弾を防ごうとしたけれど、机も固定されているように動かない。
「アイリス様、この机を動かして――」
「む、無理ですよ。後ろを向いてください」
「後ろ? ってえっ!?」
そこには他のみんなと同じように動かない私がいた。
どういう状況か全くわからない。
「いま、時間を止めてリン様の魂だけを呼び出して話しかけているんです。簡単に言えば、刹那の間に見ている夢みたいなものですね。刹那よりも短い時間ですが。だから、他の物に干渉なんてできません」
「なんでもいいから、ミコを助けて! 私の友達なの」
「ええとですね……私は人々を異世界に導く案内人なのですよ。なので、それ以外のことはできないんです」
アイリス様が申し訳なさそうに言う。
しないのではなくできない。
自分にできるのは、異世界に旅立たせることができるだけ。
「それじゃ、ミコが異世界に行ったら助かる?」
私はそう呟いて、違うと思った。
「犯人たちを異世界に送ればいいんじゃない?」
「あの、異世界に召喚されたのならまだしも、自分の意思で異世界に行くのは本来は難しくて……えっと、ちょっと待ってください。上に問い合わせます」
上?
女神様の上っているの?
アイリス様は何やら見えない電話のようなもので上司(?)と会話をしている。
アイリス様が最初に説明したあとは、謝罪したり頷いたり、また謝罪したりしているだけで話の内容はほとんどわからない。
そして――
「本来ならその提案を受けることはできないのですが、冬志様は異世界に召喚されたとき、リンさんの面倒を見て欲しいと私に頼みました。リンさんの願いに応じてこうして私が来たのもその願いによるものです。なので、特別にリンさんを代表者として犯人さんたちと一緒に異世界に送ることは可能です」
「……本当ですか!」
異世界に旅立ったら、私はもうミコと会うことができない。
私はミコに向かって、感謝と謝罪、そして決意の言葉を掛ける。
「ありがとう、ミコ。じゃあ、ちょっと異世界に行ってくるね」
叶わぬとわかっていながらも、私は彼女にその言葉を掛けた。
そして、私は宝石強盗の犯人とともに異世界へと旅立った。
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