聖女と戦乙女

第14話 遊佐紀リンは長男を治療する

 私たちが村を出るとなったとき、村人たちはとても悲しんだが、かなりの頻度で戻って来ることを伝えると笑顔で送り出してくれた。

 お土産に野菜や果物をいっぱいもらったし、コンシェルジュさんが数日分の昼食をサンドイッチにしてくれたし、なにより帰還チケットと送還チケットのお陰でいつでも家に戻れるっていうのだからほとんどピクニック気分の出発だ。

 ということで、私とエミリさんは二人で草原を歩いていた。


「ツバメン、ツバ吉、ツバッキー」

「リン、なんだそれは?」

「コンシェルジュさんの名前です。うーん、やっぱりしっくりきませんね。セバスチャンとかだと執事っぽいし」

「そんなに悩むものか? この子の名前は直ぐに決まっただろ?」


 エミリさんが見たのは私の足下を歩く銀色の髪のリトルウルフ。

 出発してすぐに召喚した。

 名前はシルちゃん。


「シルちゃんは見たときからシルちゃんって感じでしたから。ねぇ、シルちゃん」

「ワフ」


 あぁ、鳴き声もかわいい。

 本当に小犬みたいだ。


「ところで、エミリさん。近くの町まで歩いて六日でしたっけ?」

「ああ。途中、いくつか村に寄るがな」

「え? 帰還チケットがあるから村に寄る必要はないんじゃないですか?」

「そうはいかない。こういう場所だからな。旅人に助けを求める村も多い。極力その声を聞き逃したくはない」


 エミリさんは当たり前のように言う。

 彼女の人助けって、勇者体質による義務とかじゃなしに性格によるものじゃないかな?


「じゃあ、次の村で困っている人がいたら助けましょう!」


 と宣言したのだが――


「困ったな」

「困りましたね」


 村に辿り着いて困ったのは私達のほうだった。


 その村は現在、争いの真っただ中だった。

 というのも、その村の村長は世襲制であり、現村長には二人の息子がいる。

 その村長の座を巡って、長男イチボ派と次男ジナボ派で常に争っているのだが、


「我らには戦乙女のエミーリア様がついている! イチボ陣営に負けるな!」

「イチボ様の元に舞い降りた聖女リン様の祈りの前には、ジナボ陣営など無力に等しい! 絶対に負けるんじゃないぞ!」


 どういうわけか、私がイチボ派、エミリさんがジナボ派に組み込まれる形でその争いに巻き込まれてしまった。




 時間は少し遡る。

 村に来た私達を待っていた困り事というのは、想定内の困り事だった。

 旅人だと名乗った私たちは、そのまま村長の家に通された。

 そして、事情を聞く。


「近くの森に狂暴な魔物が出たのか」

「それで、長男さんが怪我をしたんですか」


 そういうことなら私たちの出番だ――と私たちは早速人助けに取り掛かる。

 エミリさんは次男のジナボさんに案内されて近くの森に。

 そして、私は怪我をしている長男のイチボさんの部屋に行った。

 怪我の治療なら、ちょうどポーションを三つ合わせて作ったハイポーションが完成したところだ。

 これ一本作るのに結構な時間必要だったんだよね。


 イチボさんは村長さんの奥さん、つまりは彼のお母さんに看病されていたんだけど、目を背けたくなるような状態だった。

 イチボさんは村一番の戦士と聞いていた。その噂にたがわぬガタイのいい男性だった。

 日本人だったらボディビルダーか格闘家のどちらだろうか? と思うような。

 しかし、その顔の半分は包帯に覆われ、その包帯も赤く染まっている。

 それに、右腕にも大きな傷があるようで――こんな状態で果たして治せるのか不安になるほどだ。

 生きているのが奇跡、医者も匙を投げて逃げ出すって感じ。

 普通の怪我ではない。

 ハイポーションで治療できるだろうか?


「薬師様、どうか息子を――イチボを救ってください」

「で、できることはやってみます」


 とりあえず、止血くらいはできるよね?

 お願い。

 神にも祈る想いでハイポーションを取り出す。


「これを飲ませてください」

「ありがとうございます!」


 イチボさんのお母さんは私に礼を言って薬を受け取り、その薬を苦しむ彼の口の中に流し込んだ。

 すると、イチボさんの身体が淡い光を帯びた。

 それは一瞬の出来事だったが、確かに見えた。

 そして――


「ん……ここは……」

「イチボ! 気付いたのね、イチボ!」

「母さん? ……そうだ、俺はっ!」


 彼は目を覚まし、そして信じられないという感じで自分の腕を見る。


「魔物にやられたあの怪我が治ってる……俺は夢でも見ていたのか?」

「違うわ、イチボ。この薬師様があなたを治してくださったのよ」

「薬師様が――でも、薬で治るのか?」

「それが、薬を飲んだとたん、あなたの身体が光ったの。まるで神からの加護を賜ったかのように」


 イチボさんのお母さんがそう言うと、イチボさんは自分の腕とそして私の顔を見比べた。

 その目はつい最近見たことのある目だ。

 もしかして――


「あなたはもしや聖女様では!?」

「違います!」


 即答した。

 けど、信じてくれなかった。

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