第15話 遊佐紀リンは帰宅を望む

「イチボ、目を覚ましたのかっ!」


 イチボさんの声が聞こえたのか、村長さんも部屋に入ってきた。

 そして、イチボさんの元気な姿を見て、声を震わせて言う。


「お……おぉ、奇跡だ! 命だけは助かればと思って一縷の望みにかけたのに、まさかもう動けるようになっているとは」

「父さん、これもすべては聖女様のお陰なんだ」


 だから聖女じゃないって言ってるのに!

 ていうか、なんでみんな聖女聖女って言うんだろ?

 言葉のレパートリーが少なすぎる気がする。

 伝説の美少女薬師とかでもいいんじゃないかな?


「聖女様に本当に会えるとは思っていなかったわ。本当に伝承通りね」

「伝承?」


 奥さんが良くわからないことを言った。


「あら、聖女様は御存じないの? この辺りでは、民が困っているとき、聖女様が現れて人々を救ってくれるという伝承があるの。しかも、その伝承によると、聖女は白銀の毛を持つ狼の背に乗って現れるって」

「白銀の毛を持つ狼の背?」


 と私は足下にいるシルちゃんを見る。

 シルちゃんは私の視線に気付いたのか「わふ?」と声をあげて首を傾げた。

 っていやいや、確かにシルちゃんはオオカミだけど、この子の背中になんて乗ったら、いくら私が小柄だといっても潰れちゃうよ。


「ええ。その子を見たとき、聖女様が本当に来たんだって確信したわ」


 奥さんが言う。いや、私が入ってきたときは絶対、「こんな小さな子が薬師で大丈夫だろうか」って目で見ていたよ。

 それでも藁にも縋る気持ちで薬を頼んだ感じだったもん。

 まぁ、どうせ私のこと十歳くらいにしか見ていないんだろうな。

 ……あれ?

 ずっと歩いてここまで来た身体の疲労感が消えた気がする。

 こっそりステータスを確認するとレベルが上がっていた。

 レベルが上がると疲労感も消えるんだ。怪我とかも治るのかな?

 道具欄を確認すると、熊肉、熊の掌、熊の毛皮が追加されていた。

 どうやらエミリさんが熊を倒したみたいだ。


「あの……イチボさんを襲った魔物って熊の魔物でしたか?」

「そうだっ! 熊だ! あの熊の魔物が村に近付いてきているんだ! 早く対処しないと」


 イチボさんが立ち上がろうとするが、村長夫妻が止める。


「待て、イチボ。治ったとはいえ、お前はさっきまで生死の境をさまよっていたんだぞ」

「そうよ、イチボ。無理をしてはダメよ」


 さっきから、イチボイチボって聞いていたら焼肉かステーキが食べたくなってきた。

 熊肉って、美味しいのかな?

 狼肉とか蛙肉よりは忌避感ないけれど、熊肉の味ってどんなのだろ?

 熊の掌は中国だと高級食材だって話だけど、食べたことがない。

 うーん、料理が趣味なリンちゃんとしては、「とりあえず焼いてみた」なんて雑な料理より、ちゃんと食材にあった方法で調理したいから、焼肉には使えないな。


「止めないでくれ、父さん、母さん。俺は村一番の戦士だ。あの魔物に畑を荒らされたら今年の冬を越せなくなるぞ。せめて村から遠くに行くように追い払わないと」

「大丈夫よ、イチボ。魔物なら旅の冒険者さんが退治に行ってくれたわ

「あれは普通の魔物ではない! 危険だ」


 イチボさんが行こうとする。


「その魔物、もう倒したみたいですよ」

「本当ですか!? 何故わかるのですか?」

「それは……」


 しまった、安心させようとしてつい本当のことを言ってしまった。


「そ、それは――」

「わからないのか、イチボ。彼女は聖女様だからそのくらいのことは手に取るようにわかるんだ」

「そうよ、イチボ。だからあなたは安心してもう少し休んでいなさい」


 そうだけどそうじゃない!

 私は聖女じゃありませんから。



 イチボさんはその後また眠りについて、そして暫くしてエミリさんが帰ってきた。

 村の自警団たちと、そして三メートルは超える巨大熊とともに。


 そして、当然のように村は宴会になった。

 村の中心でその狩りを見ていたジナボさんが狩りの様子を高らかに語っていた。

 まるで吟遊詩人のように語られる話のように村人たちは聞いていた。


「その時私は感じたのです。このエミーリア様こそ、かの伝承に伝わる戦乙女その人であると!」

「「「「おぉぉぉぉぉおっ!」」」」


 歓声が上がる。

 それが眉唾ではないのは、周りの自警団の人たちの反応からしても明らかだろう。

 一方、怪我から目を覚ましたイチボさんも、村人たちの私のことを伝える。


「俺は感じた! リン様こそ伝承の聖女! 俺の怪我を治した薬こそ、神の秘薬エリクサー!」

「「「「おぉぉぉぉぉおっ!」」」」


 違います、タダのハイポーションです。

 とはいえ、イチボさんの怪我の状態を見ていた村人たちはすっかりその話を信じてしまった。


「ここまで喜んでもらえると――」

「頑張った甲斐がありますね」


 私もエミリさんも満更ではなかった。

 この時までは――

 

「皆の衆! 時は来た!」

 

 そう言ったのは村長だった。

 何か余興でも始まるのかな?

 それとも、もうお開きかな?

 きっと、泊っていってくださいと言われるだろうけれど、ここは丁重にお断りして、村から離れたところで帰還チケットを使って家に帰ろう。

 そう決意し――


「次期村長を決める選挙の時間だ! 村人たちはイチボとジナボ! 次期村長に相応しいと思う者の名を投票箱に入れるんだ!」


 なんかどうでもいいものが始まった。

 私たち、帰ったらダメかな?

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