第16話 遊佐紀リンはダンジョン探索の誘いを受ける

 村長の選挙というどうでもいい催しが始まった。

 あまりにも退屈な時間で、シルちゃんは眠くなったのか巻物の中に帰ってしまった。

 その間、私はエミリさんと雑談する。


「村長って、長男が継ぐものじゃないんですね」

「通常はそうらしいが、この村のイチボ殿とジナボ殿は双子らしく、曖昧なんだ。そのため、長男派と次男派に分かれている」

「双子……全然似てませんね」


 二卵性双生児なんだね。

 長男のイチボさんは筋肉粒々のいかにも武闘派という感じ。自警団とともに魔物から村を守ってきた凄腕の戦士。

 次男のジナボさんは細身にメガネのインテリ派の見た目。かつて領都で学を修め、農業改革を行い農作物の収穫量の底上げ実績のある敏腕行政官。

 どちらも村人たちにっとては人気で、だからこそ長男派と次男派で分かれているのか。


 まぁ、村人も50人くらいだし、直ぐに終わって、今度は新村長決定の宴会かな?

 って思ったら――


 開票集計が終わった結果、村人たちの投票はイチボジナボ、まさかの同票だった。


「この場合はどうなるんです? やっぱり村長さんの鶴の一声で?」

「いや、この場合は村の伝統にのっとり、ダンジョンアタックで決める!」


 村長の宣言に村人が湧いた。


 なんでも、この村の近くにダンジョンの入り口が二つある。

 その二つの入り口は中で繋がっていて、最初に一番奥にいる魔物を倒した方が村長になるらしい。

 そういうことなら、これはイチボさんが圧倒的に有利だよね。

 さっきまで怪我をしていたといっても、もう治っちゃったし、魔物との戦いに慣れているんだから。

 そう思ったんだけど、救済措置はあるらしく、同行者を一名まで連れて行ってもいいとのこと。

 これならジナボさんも、同行者次第では勝負になるんじゃないかな?

 まぁ、イチボさんより強い人がいたら――の話だが――


「エミーリア様、今回のダンジョンアタック、どうか私にご協力いただけないでしょうか? もちろん、謝礼は致します。どうか私に力を貸してください」


 ジナボさんがエミリさんに同行を求めてきた。

 ズルい、それはズルいよ!


「なるほど、ジナボは戦乙女に協力を挑むか。だったら俺は聖女リン様、どうか力を貸してもらえないだろうか?」


 何故か私まで巻き込まれた。

 その状態に興奮したのは村人たちだ。


「我らには戦乙女のエミーリア様がついている! イチボ陣営に負けるな!」

「イチボ様の元に舞い降りた聖女リン様の祈りの前には、ジナボ陣営など無力に等しい! 絶対に負けるんじゃないぞ!」


 これは本当に困った事態になってしまった。

 もちろん、断ろうと思えば断れる。

 ただ、聞いてしまった。


「ダンジョンの中には薬の素材となるものも多いと聞く。ダンジョンで採れたものは全て聖女様に差し上げますし、別に謝礼を用意いたします。どうかお力を――」


 薬の素材か。

 そう言われたら、エミリさんのお父さんを治療するための薬の素材になるかもしれないので、断りにくいんだよな。


 結局、エミリさんと話し合った結果、そのダンジョンアタックに協力することになった。

 そして、その日、私とエミリさんは村長さんの部屋に泊めてもらうことになったのだが――


「太陽が昇り、一刻の後、二人揃って広場に行きます。朝食の用意は結構ですので」

「起こしにくる必要はない。私たちは揃って寝起きが悪くてな……変に起こされてしまうと不機嫌になる」


 部屋に入らないように念を押し、扉を閉めたあと、帰還チケットを使用。

 一瞬のうちに家のリビングに帰ってきた。

 リビングにはいつの間にか石造りの門のようなものがあって、そこから帰ってきた感じだ。

 リビングではペンギンにしか見えないツバメのコンシェルジュさんが出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、お嬢様方」

「ただいま、コンシェルジュさん」

「ただいま帰った。すまない、今日も世話になる」


 エミリさんがかしこまって言うと、コンシェルジュさんは微笑むように言う。


「お世話をするのが私の役目ですからお気になさらず。お風呂の準備ができておりますので、どうぞご寛ぎください」

「ありがとう。あ、そうだ、コンシェルジュさんの名前だけど、ツバスチャンってどうかな?」


 ツバメとセバスチャンをかけてみた。

 我ながらいい名前だと思う。


「とても素晴らしい名前です。ペンギンと間違えられにくくなるのがなにより素晴らしいですね」


 あ、ペンギンと間違えられたことまだ気にしてたんだ。

 ごめん、いまでもツバスチャンのこと、ペンギンに見えるって思ってる。

 とりあえず、お風呂を頂くことにした。


 ただのお風呂ではなく、ハーブを使った匂い袋が浮かんでいた。

 ツバスチャンの粋な計らいに、心が安らぐ。

 交代でエミリさんがお風呂に入る。

 日本のお風呂に慣れていない彼女にとっても、我が家のお風呂は快適らしく、入浴後のスキンケアを終えてリビングに来た彼女の表情はずいぶんと緩んでいた。

 このままだと、エミリさんは野宿とか耐えられない身体になるんじゃないだろうか?


「そういえば、ツバスチャン、ダンジョンって知ってる?」

「ええ、存じております。この世界においてダンジョンと呼ばれているものは、魔物が居付いた洞窟や廃墟などの巣窟型ダンジョンと、かつて魔王によって生み出され、今もなお魔物が生まれ続けている迷宮型のダンジョンと二種類ありまして、一般的にダンジョンと呼ばれるのは後者の方でございます。危険な場所でありますが、同時に魔物素材を確保できる狩場としての側面も持っていますね」


 魔王が作ったとかとんでもない話が上がったけれど、魔物素材の狩場って聞いたら納得もできる。

 イチボさんも危なくないって言ってたし。


「そうなんだ……私、明日ダンジョンに行くことになったんだけど、注意事項ってあるかな?」

「そうですね――まず、お嬢様はアイリス様から賜ったゲームシステムの能力により、地図が使えますが、ダンジョン内では地図に表示される範囲が狭くなります。そして、お嬢様がダンジョンの最奥に行くと、必ずダンジョンボスが現れます」

「ダンジョンボス? 絶対? それって悪いことじゃないの?」

「いえいえ、ダンジョンボスを倒せば、宝箱が出現しますので悪いことではありません」

「宝箱?」


 ツバスチャンが言うには、ダンジョンボスが倒す宝箱には虹色宝箱、金色宝箱、銀色宝箱、茶色宝箱の四種類がある。

 通常は茶色宝箱が三つ出現するが、運がよければ銀色に、さらに運がよければ金色に、もっともっと運がよければ虹色に変化するらしい。

 また、初めてそのダンジョンのボスを倒したときは必ず銀色宝箱が、さらに、初めて制限時間以内にボスを倒したときは必ず金色宝箱が出るらしい。

 便利なものも多いらしく、もしもわからないものがあったら、持ってきたらツバスチャンが説明してくれるらしい。

 ちなみに、宝箱が昇格する確率はかなり低いらしい。

 虹色宝箱に限って言えば、宝くじで高額当選するようなものだと思っていたほうがいいそうだ。

 ステータスの運の値が上がれば昇格率も上がるらしい。


「私の運の50って高いの?」

「はい、運はレベルで上がるものではありません。恐らく初期状態としては過去最高かと」

「え!?」

「女神アイリス様がずっと見守っていた影響でしょうね」


 どうやら私はラッキーガールのようだ。

 でも、こんなくらいでダンジョンアタックに喜びを感じるほど甘い女じゃないよ、私は。

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