第17話 遊佐紀リンは衣装に着替える

「お嬢様、出発前にDLC購入をお勧めいたします」


 夜明け前にエミリさんが朝風呂から出るのを待っていると、部屋に来たツバスチャンがそんなことを言ってきた。

 DLCって、確か現実のお金を使ってゲーム内のアイテムを買うことができる機能だよね?


「私、日本のお金なんて持ってないよ」


 だからDLCを見ようとは思わなかった。


「心配なさらずとも、転生時に持っていたものをお金に換えております」

「あ、財布の中に3000円くらいあったかな?」

 

 だったらちょっとは買い物ができるのかな?

 と確認すると――


「え? なにこれ?」


 7億5672万8102円?

 とんでもない額が表示されている。

 通帳の残高に加えて家を売却しても、十分の一にも満たない。


「お嬢様が持っていた宝石を換金したようですね」

「私、宝石なんて持って……って、あぁぁぁぁあっ! 強盗たちの持ってた宝石っ!?」


 あれを勝手に換金しちゃったの!?

 アイリス様からしたらあの宝石が誰のものかなんて関係ないのかもしれないけれど、これじゃ共犯になっちゃうよ。

 とはいえ、いまさら返すことはできない。

 うん、返すことができないのなら、この世界で世のため人のために使うことが罪滅ぼしになるよね。

 購入できるのは――福引券? クッキー? よくわからないものがいっぱいある。

 服もいろいろあるけれど、バスタオル衣装? バスタオルって衣装じゃないよね?


「コンシェルジュさん、おすすめは? この動物なりきり衣装セットってのが気になるけど」

「もちろん、お嬢様でしたらその衣装もお似合いでしょうが、まずはアカデミー衣装セットをお勧めいたします」

「アカデミー衣装セット? あれ? これだけ安いのはなんで?」


 普通の衣装は1200円くらいするのに、何故かアカデミー衣装セットは100円で買える。


「その装備はレベル20までしか効果がないからです。しかし、レベル20までの間、取得経験値が2割上昇致します」

「へぇ、そうなんだ」


 装備の性能よりも見た目の方が気になるんだけど、お勧めだって言うんだから買っておく。

 購入っと。

 そういえば、税込み価格って書いてあるけれど、アイリス様が消費税を納めてくれるのだろうか?

 確定申告をする女神様――なんかシュールだ。

 とにかく残高が7億5672万8102円から7億5672万8002円になった。


 玄関の方から物音がした。

 行ってみると、段ボール箱が届いていた。

 段ボールにはAokenと、中途半端に通販サイトのパチものっぽいロゴが入っている。

 即日配達どころか即秒配達は本家以上だ。

 ガムテープを剥がして中を取り出すと、アメリカの大学の卒業式で着るような衣装と帽子が入っていた。

 と思ったら服が消えた。


「あれ? どこにいったの?」

「道具欄に収納されております。アバター衣装一覧から着替えることができます」

「本当に? あ、あった」


 道具欄からアバター衣装を選択したらその場で着替えられるみたい。

 魔法少女の変身シーンみたいなものはなく本当に一瞬で変わる。

「お嬢様、とてもよくお似合いです」


 ツバスチャンがそう言って、姿見を用意してくれた。

 さっき見たときはサイズが大きい気がしたけど、鏡で見ると私のサイズにぴったりだ。

 よかった――私って背が低いから気に入ったものがあってもちょうどいいサイズの服がなかったりするんだけど、アバター衣装は自動的に服がちょうどいいサイズになるみたいだ。

 ちなみに、眼鏡も一緒についている――伊達眼鏡だけど。

 うん、眼鏡はいらないかな?

 着脱は自由みたいなので、眼鏡は外しておこう。


「ありがとう、ツバスチャン」

「はい。アバター衣装は一度取り外して再度装備すれば汚れも落ちます。埃の多いダンジョンでは、是非アバター衣装をお使いください」

「あ……うん、ありがとう」


 もしかして私にこの衣装を勧めたのって、ダンジョン探索での経験値のためじゃなくて、洗濯を楽にするためなのかな?

 だとしたら、私じゃなくてエミリさんに渡すべきだと思うよ?

 それはともかく――


「ねぇ、ツバスチャン。とりあえずアバター衣装全部買っていいかな?」

「もちろんです。どうぞお買い求めください」

「ありがとう」


 衣装を全部購入した。

 一つ、バスタオルだけの衣装があったんだけど、これを衣装だと呼ぶゲームクリエイターはどうかしていると思う。

 あと、おやつとして、経験値が2倍になるという太陽のクッキーをおやつ代わりに購入したところで、エミリさんがお風呂から出てきた。


「リン、服を変えたのか?」

「はい。アカデミー衣装です」

「そうか、よく似合ってる。まるで魔術師みたいだな」


 魔術師――そういえば、この世界って魔法があるんだよね。

 私もいつか使えるかな。

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