第98話 遊佐紀リンはカメオが気になる

 お風呂に入ってスッキリした私たちは、転送チケットを使ってサンジミーノの街に戻って少し観光をすることにした。

 まずは最初に気になった骨董品の店だ。

 坂を下って行き、目的の店の前にやってきた。

 宿もそうだったけれど、この店もかなり古い建物だ。一部割れて失った煉瓦の隙間に石と粘土が詰め込まれている。補修して大事に使っているんだろうけれど、応急処置みたいな感じが拭えない。

 専門の大工さんはいないのだろうか?

 とにかく、いまは買い物を楽しもう。

 この前のゾンビ退治で手に入れたお金や貰った報奨金がたんまりある。

 少しくらい無駄遣いしてもいいだろう。


「あの、見せてもらってもいいですか?」

「ああ、いいよ。ゆっくり見ていきな」


 強面の店員さんが柔和な笑みで出迎える。

 その脇には骨董品とは思えない大ぶりの剣が置かれている。

 怖いけれど、あれはきっと防犯用。

 コンビニで置かれているカラーボールとかサスマタみたいなものだろう。

 万引きとかしなかったら襲われたりはしないはずだ。

 そう思い、買い物に集中しようとして、エミリさんが入ってきていないことに気付く。


「エミリさん、どうしたんですか?」

「あ……あぁ、少し気になる事があってな……すまない」


 エミリさんが少し戸惑いながらも店の中に入ってきた。

 売られているのは古い壺や絵画、鏡、装飾品など多岐に渡る。


「あ、これ綺麗……」


 私が見つけたのはカメオだ。

 ただ、私のイメージだとカメオって女性の横顔って感じがした。

 もちろん、そういうカメオも売られているけれど、これは女性の顔ではなく馬車と御者さんが刻まれていた。

 繊細で可愛い。

 馬とか本当に生きているみたいだ。

 これから馬車に乗って移動が多くなるだろうから、安全祈願みたいな意味で購入するのもいいかもしれない。

 確かこういうカメオってお守り代わりに贈られることも多いって聞いた気がする。


「嬢ちゃん、お目が高いね。それは良質な瑪瑙石のストーンカメオだよ。一つ2000イリスだよ」

「2000イリス……ちょっと高いかな」

「うーん、仕入れてからずっと売れ残ってるし、だったら1000イリスでもいいよ」


 一気に半額になった。

 おじさんはあんまり商売上手じゃないのかもしれない。

 それなら買ってもいいかもと思って私が手を伸ばしたのだが、エミリさんがその手を掴み首を横に振る。


「店主、これはどこで仕入れたんだ?」

「ああ、昔のことだから忘れてしまったよ」

「そうか……リン。やはり予算が合わない。今日は我慢しろ」


 エミリさんがそう嘘を言う。

 その真意はわからないけれど、買うなってことなら買わないことにしよう。

 店員さんも私みたいな子どもが買うとは思っていなかったのか、特に嫌な顔をすることない。

 店の外に出て、エミリさんになんで買わないように言ったのか尋ねる。


「もしかして、あれって偽物だったんですか?」

「いや、本物じゃぞ。カメオは石そのものより細工の方に値段を掛けているからのぉ。あそこまで精巧なもので1000イリスなら安いくらいじゃ」


 ナタリアちゃんが言う。

 やっぱりいいものだったんだ。


「だったら――」

「あれはよくない雰囲気がした――呪いや恨みのような感情が遺っている。勇者体質のせいで敏感になっていてな」


 呪い? 恨み?

 最近、なんかそんな話ばっかり聞いている気がする。

 呪いといっても、身に付けたからといって即座に身体に影響が出るようなものではないらしい。

 しかし、塵も積もればというやつで、悪い感情の遺っている装飾品を複数身に付けるのはやはりよくないらしい。


「なんであのカメオにそんな呪いが込められていたんでしょうか?」

「わからないが、あの店の品の多数から似たような空気を感じた。骨とう品店にはそういう品は少なからずあるものだが、あの店は私が入った店のどこよりも危ない気配がした」


 うーん、でもそんなこと言われたら買い物する雰囲気じゃないよね。

 普通に果物でも買おうかな?

 と市場に行くと、男の人たちが果物や野菜などいろいろと売っていた。


「そこいく別嬪さん! うちのパイナポーは甘くて格別だよ! 食べていきなよ!」

「パイナポー?」


 それはパイナップルではなく黄色い林檎みたいな果物だった。

 甘いって聞いたし、一個5イリスと安いので3個ほど購入してみる。

 今食べるかと聞いたので頷くと、皮をむいてくれた。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。嬢ちゃん、どうだい? この街は」

「来たばかりなのでまだわかりませんが、良い雰囲気ですよね」

「はは、そうだろ? 俺も最近この街に移り住んだんだけど、妻は少し窮屈だってぼやいてたな」

「そうなんですか?」

「ああ。ほら、市場を見回してみなよ。働いているのは全員男だろう?」


 そういえば、市場で商品を売っているのは全員男性で、女性の姿はない。


「この街では外で働くのは男の仕事、女は家の中の仕事だけをする。人の前にあまり顔を出してはいけないって古い考えを持っていてな。だから、井戸で水を汲むのも、家の前の通路を掃除するのも男の仕事なのさ」


 男子厨房に入るべからずって考えみたいかな?

 女子家から出るべからず――みたいな?

 確かにそれは窮屈だ。


「ああ、そういえば一人いたな。女性だけど普通に外を出歩いている女性が」

「そうなんですか?」

「最近引っ越してきた化粧師のラザさんだよ。家の中で暇をしている女性に化粧を施しているんだ。頼んだら宿にも来てくれるはずだから、頼んでみたらどうだい? うちの妻も週に一度はラザさんに化粧をしてもらうんだよ。外に出ないのにおかしな話だよな」

「もう、そんなこと言ったら怒られますよ。女性は誰かに見せるために化粧をするだけじゃなくて、美しくなった自分の姿を見て楽しむために化粧をするんです。それに、旦那さんが見ているじゃないですか」

「うっ、妻は化粧をしなくても美人だから」

「それを言い訳にして化粧をしている奥さんを褒めないって絶対にダメですよ。家に手鏡はあるんですか? ないのなら買ってプレゼントしたらどうです? お化粧が好きな奥様だったら絶対に喜ぶと思いますよ。近くの骨董屋で売っていましたからどうです?」


 さっきカメオを買わなかったお詫びに宣伝しておいた。


「うっ、あそこの店主怖いんだよなぁ。元傭兵隊の隊長さんだから」

「そうなんですか? そういえば大きな武器を持ってましたけど」

「そうだよ……でも、ありがとう、参考になったよ。今度妻が化粧をしたらちゃんと褒めることにするよ」


 店主のお兄さんはそう言って乾いた笑みを浮かべた。

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