第46話 遊佐紀リンは牧場でのんびりを希望する

 ダンジョンが封印されていた理由がよくわかった。

 スライム花は非常に危険な花だ。

 スライムにとって最高の餌――うん、スライムを強くするだけなら最高の餌なのだろう。

 でも、それ以上に危険な花だ。

 しっかり飼いならされたスライムでもあの様子だった。

 仮にマウンテンスライムになったのが野生のスライムだったらどうなっていたか?

 もっと狂暴だったら?

 今回は花の魔力が定着していなかったから催吐薬でなんとかなったけれど、スライムの花を完全に吸収してしまっていたら?

 あんな巨大なスライムに銃弾の効果があるだろうか?

 うーん、普通の銃だったら効果がないかもしれない。

 日本人の私の感覚だと銃って最強武器――ってイメージだった。

 というより、身近に存在する殺傷能力のある武器っていえばお巡りさんが持っている拳銃だ。

 ゾンビが蔓延るような世界になっても、ゾンビの頭を打ち抜くのは拳銃だし、ゾンビになった警察官が銃を撃っているとやっぱり強い。

 でも、生と死と隣り合わせのこの世界だと、普通の銃じゃ心許ない。

 いまだに使ったことのない吸血の銃弾は……スライムに血ってないから意味がないかな?


「でも、スライムも元通りですし、これで本当に一件落着ですね」


 私はそう言って、暫くは牧歌的な村でのんびりしようかな?

 アルプス一万尺でも歌おうかな。アルペン踊りは踊れないけれど。

 それが終わったら、スライムの品評会に合わせて馬車でのんびり町まで移動だ。

 馬車の旅ってしたことがないんだよね。

 車酔いは怖いけれど、でも歩かなくてもいいって幸せだよね。

 ここに来るまでずっと歩いていたから。


「そういえば、一人足りない気がするのぉ」

「シルちゃんなら巻物の中に戻っちゃったから一日は出てこないよ」

「そうじゃなくて……おぉ、そうだ。スライム泥棒じゃ! スライム泥棒がおらぬ」

「もう、ナタリアちゃん。ラスクさんはスライム泥棒じゃなくてスライムブリーダーだよ。もうここに来た目的も達成したり、自分の村に帰ったんじゃない?」


 ラスクさんのスライム泥棒の容疑は無事に晴れて、無罪放免となった。

 ヨハンさんととても気が合っている様子で、品評会は正々堂々と戦おうと言っていた。

 ラスクさん、とっても自信満々だったな。

 最強の餌が手に入ったからって――


「ラスクさんもスライムの花を持って帰ったんだったっ!」

「「――っ!?」」


 私たちは村の人に聞いて、ラスクさんのいる隣村に向かった。 

 このままでは、ラスクさんのスライムもマウンテンスライムになっちゃう。

 大変だ。

 催吐薬はまだあるとはいえ、私たちが到着する前にマウンテンスライムが暴れちゃったら村が壊滅しちゃう。

 うーん、隣村が結構遠い。

 走りつかれた。

 もう、エミリさんにだけ走ってもらったほうがいいんじゃないかな?

 あぁ!? ナタリアちゃん、飛び疲れてエミリさんの頭に乗ってる。

 私も……ってさすがに高校生にもなってお姉さんにおんぶして運んでもらうのは恥ずかしい。

 見た目は小学生だから違和感が仕事を放棄するからこそ、余計に恥ずかしい。

 私は体力回復用のポーションを飲んでスタミナを回復させながらなんとかエミリさんについていった。

 そして、ようやく隣村に辿り着いた。

 疲れた。

 ステータスの技能欄に疾走って技能があるんだけど、そのレベルが3に増えて俊敏値が大きく上がった。

 ラスクさんのことを聞くと、村の人はすぐにスライム牧場の場所を教えてくれる。

 スライムが寝泊まりしているスライム舎は無事……みたい。

 なら、スライムは?


「うわぁぁぁぁぁぁあっ!」


 これはラスクさんの声っ!

 私たちはスライム舎に入った。


「ラスクさんっ!」

「嬢ちゃんっ! 大変なんだ、俺のスライムが! 俺が丹精込めて育てたスライムが――っ!」

「離れてください、危険です!」

「グリーンスライムになっちゃったんだ!」

「すぐに催吐薬を……え?」


 ラスクさんが抱えていたのはスライムはスライムでも、マウンテンスライムではなくグリーンスライムだった。

 野菜くずばかり食べたら進化するっていうあれに。

 どうやら、このスライムにとってスライム花は野菜のようなものだったらしい。

 とにかく――


「よかった」

「何がよかったんだよ」

「危なかったんですよ!」


 私はスライム花の危険性と、ダンジョンが封印されていた理由を説明した。

 ついでに、催吐薬をあげてスライム花を吐き出させたら、グリーンスライムは元のスライムに戻った。

 今度こそ一件落着……だと思ったんだが。


「つまり、ヨハンさんのところのスライムはマウンテンスライムになる素養があって、俺のスライムにはその素養がなかったっていうのかっ! おい、なんでだ! お前こそ世界一のスライムだろっ! もっと熱くなれよっ!」


 とラスクさんがスライムに熱く語り始めた。

 心底どうでもいい。


「じゃあ、エミリさん。今度こそ一件落着ですし村に戻りましょうか」

「そのことだがな、リン。ここまで来たのなら、さっきの村に戻るより、もう次の町に向かった方が早いんだ。だからこのままハイドロトスの町に向かうぞ」

「え? 馬車でのんびりの旅は?」

「町までお預けだ」

「えぇぇぇぇぇえっ!?」


 私は思わずそう叫んで泣きたくなったのだった。

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