第64話 遊佐紀リンは依頼を受ける

 ミスラ商会で買い物をしたあと、隣の服屋さんにいったんだけど、全部古着だった。

 いや、私は古着反対派じゃないよ?

 日本にいたころも両親が遺してくれたお金と保険金をやりくりする生活をしていた。

 十分大学を卒業するまでの生活費はあったけれど、それでも無駄遣いしなければ――の話なので、よく古着屋を利用した。

 でも、この町の古着は、なんというかあんまり綺麗な服じゃない。

 さらに、私に合うサイズの服は全部子供服で、子供服のほとんどが泥がこびりついていたり継ぎ接ぎだらけだったりする。

 下着も売っていたんだけど、カボチャパンツなんだよね。

 ドロワーズっていうらしい。

 しかも、ブラジャーは売っていなかった。

 これなら、アバター衣装のビキニ水着を下着代わりに使ったほうがまだマシな気がする。


「……あれ? そういえばエミリさんはブラジャーしてましたよね?」

「ブラジャー? ああ、胸当てのことか。確かに数年前までは売られていなかったな。古着屋にはまだ置いていないだろう」

「どこに売ってるんですか? やっぱり王都の服飾店とか?」

「ミスラ商会の王都の支店でな。地方の支店だとまだ需要が無いから売っていないんだろうが、取り寄せできるはずだぞ」

「取り寄せって時間がかかりますよね」


 まぁ、まだアイリス様が用意してくれた着替えに余裕があるから大丈夫か。


「そもそもリンに胸当てが必要なのかの?」

「ナタリアちゃん。言っていいことと悪いことがあるよね」

「いたいいたい! 悪かった! 儂が悪かったのじゃ!」


 私は両手の親指でナタリアちゃんの両側面のこめかみを押さえてぐりぐりとする。

 そりゃ、私も必要ないんじゃないかな? って思うことはあるけれど、高校生だからね。

 それにしても、ミスラ商会って本当に凄いよね。

 ここ数年台頭してきた商会らしい。他の大陸との交易で莫大な財を成していると教えてもらった。

 地球で言ったら、東インド会社みたいなものなのかな?


 その日は買ったものを持って拠点に帰った。

 ドラゴンのぬいぐるみはふわふわのもこもこだったけれど、枕として使うには、拠点で使っている低反発枕の方が寝心地がよかった。

 でも、抱いて寝る分にはとても心地よかった。


 翌朝、私たちは冒険者ギルドに行った。

 そこで、またお金を貰った。

 人売りたちとグルになっていた衛兵が鉱山送りとなり、その分の費用の一部が私に対する報奨金になるらしい。

 人売りが鉱山に売られるってかなりの皮肉な話だ。

 また、彼らの資産は全て差し押さえられ、関わっていたと思われる奴隷商会にも監査が入ることになった。

 違法に売られた人達の何割が元の生活に戻れるかはわからないけれど、できるだけ多くの人に戻ってほしいと思っている。


「でも、昨日の今日でここまで決まるんですね」

「普通はここまで早くはないが、急がないと捕まっている奴隷たちの行方が追えなくなるからのぉ。特例措置というやつじゃろう。それに――エミリの名が効いているんじゃろうな」


 確かに、エミリさんの冒険者カードを見たときのガルエフさんの反応はタダ事じゃなかったもんね。

 エミリさんの顔色を窺って急いで仕事をしたってことかな?

 でも、急いで仕事をしたことで売られた人が一人でも多く助かるっていうのならとってもいいことだよね。

 じゃあ、この町での用事は終わりかな?

 なんと、この町から先には乗合馬車が出ているらしい。

 エミリさんのお父さんがいるっていう王都までは歩かずにのんびり行けそうだね。


「ああ、リン。言い忘れていたが、暫くはこの町に滞在するぞ」

「え? なんでですか?」

「エミリは冒険者に登録しただろう? 最低でもいくつかの依頼を受けておかないとな。冒険者は依頼を受けてこそ冒険者と名乗れる。とりあえず、登録した町でいくつか依頼を受けるのはマナーだ」

「え? 冒険者って世界中を冒険したら冒険者じゃないんですか?」

「え?」


 ……どうやら私とエミリさんの冒険者の認識に大きな違いがあったらしい。

 私は冒険者っていうのは世界中を冒険する探検家みたいなものだと思っていた。

 でも、そうじゃない。

 冒険者っていうのは、魔物との戦いを生業としていきる人間のことらしく、その基本は魔物を退治してその素材の売却、そして依頼を受けて仕事をする。

 とっても危ない仕事だった。

 

「でも、エミリさん。私、戦いなんて」

「戦うだけが冒険者じゃない。ほら、リン。これを見てみろ」

「え?」


 依頼書を見せる。

 薬草の採取、石切場の石の輸送。

 なるほど、地図で採取ポイントがわかったり、道具欄に大きなものでも入れておける私向けの仕事だ。

 しかも、薬草が生えているのは石切場の近くらしい。

 これなら、私でも仕事ができそうだ。


「ワルツさーん! 依頼を受けさせてください!」


 私は依頼書を二枚持って、受付に向かった。

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