第79話 遊佐紀リンは秘密を暴露する

 宿屋の食堂で働いていた銀行強盗の一員は虎貫とらぬきと呼ばれていた。

 本当は名字として名乗ったのだれど、この国では平民はファミリーネームを持つ者がいないらしく、それが名前だと勘違いされ、そのままにしたらしい。


「トラヌキ、パン焼けたよ」

「こっちも準備できた」


 朝、虎貫とサルメさんの夫婦はホットドッグの準備をしていた。

 ホットドッグがこの町に広まって一ヶ月にも満たないけれど、新たな名物として多くの旅人に親しまれているらしく、町の内外問わず多くの人が買っていくらしい。

 私たちの朝食もホットドッグなのかと思ったけれど、出されたのは茹で卵とトースト、それにタコさんウインナー(赤くないけど)というなんともわかりやすいモーニング定食だった。

 この世界の定番なのだろうか?


「変わった形のパンだな」

「うむ、四角いパンは初めて見たのぉ」


 と思ったら、エミリさんもナタリアちゃんも見たことがないらしい。


「どうだ? 俺なりに日本のモーニングを意識したんだ」

「この食パンもあなたが?」

「ああ……試行錯誤はあったが、最近完成したんだ。客に出すのはこれで初めてだが……」


 トーストを食べる。

 バターがしっかり効いていて美味しい。

 私はツバスチャンのお陰で必要な調味料を調達してもらっているが、イースト菌があるかどうかもわからないこの世界でここまで食パンを再現できるのは凄いと思う。


「……美味しい」

「そりゃよかった」


 虎貫は少し欠けた前歯を見せて笑い、厨房に戻っていく。


「リンの故郷ではこの食事が普通じゃったのか? 米がソウルフードとかのたまってなかったか?」

「朝食はパンの人の方が多いの」


 そう言ってもう一口トーストを齧る。

 やっぱり美味しかった。



 そして、私たちは冒険者ギルドの前に行く。

 冒険者が十数人程集まっていた。

 宿の食堂で見かけた人も何人かいたので、彼らも私たちのように冒険者ギルドに仕事を頼まれたうえで宿を紹介されていたのだろう。

 受付嬢さんが私

 スキンヘッドの男がギルドの前に置かれた木箱の上に立っている。 


「よく来てくれた! これから隣町のゾンビの殲滅作戦を実行する。現在、町の中は無人だ。町の外の養豚場で生活している。あそこは豚の解体時期に多くの人が集まって寝起きをする家があるからな。だからといって、建物を破壊するような派手な攻撃は使うなよ、ランドール」

「それはゾンビに聞いてくれ! あいつらが狭い場所に逃げ込んだら建物を壊してでもゾンビを殺してやるからよ」


 大きな斧を持った巨漢がそう言って笑った。

 どうやら彼がこの町の顔役らしい。


「さて、作戦だが、まず斥候役が村の中心に高濃度の魔物除けの薬を置く。町の中のゾンビは外に逃げようと城壁に殺到するはずだから、遠距離攻撃のできる人間が可能な限り数を減らし、倒しきれなかったゾンビは残りの人間が倒す。北の壁は『流星の若人』、お前たちに頼む」

「わかった」


 五人組の冒険者パーティが頷いた。

 一人は弓矢を持っている。

 彼が遠距離攻撃を担当するのだろう。


「東は俺たち冒険者ギルドの戦闘員と妖精族フェアリーのナタリアだ」

「うむ、儂じゃな。任せておけ」


 ナタリアちゃんが空を飛んで言う。

 冒険者たちがザワザワと騒ぐ。

 やっぱり妖精族フェアリーって珍しいんだね。


「静かにしろ。そして、南はエミーリアとリン。数は少ないがいけるな」

「はい」

「大丈夫だ」

「そして残りは西を――」


 とギルドマスターが言ったとき、さっきのランドールという男が言う。


「待てよ、ギルマス。南門を嬢ちゃんたち二人で? 本気で言ってるのか?」

「本気も本気だ。エミーリアはBランク冒険者だぞ。しかもエース級だ」

「エース級……あと一歩でAランクってことかよ……なら納得だ」


 どうやらBランクの中でも種類があるらしく、エミリさんはそのBランクの中でもトップクラスってことらしい。


「そっちのちっこい嬢ちゃんもバカにして悪かったな。南門はよろしく頼む」


 そう言ってランドールさんは私に手を差し出したので、私はその手を握り返した。

 あ、そうだ。


【ランドールを寄生対象に設定しました。以後、メニュー画面より変更が可能です】

 

 ランドールさん、強そうだし寄生させてもらうことにした。

 ついでに、ギルドマスターにも寄生しよう。


「ギルドマスターもナタリアちゃんをよろしくお願いします」

「お、おう……………………本当にお前、ちっこいな」


 私の手を握って改めて私のことを小さいと思い直したらしい。


【プディンを寄生対象に設定しました。以後、メニュー画面より変更が可能です】


 ギルドマスターってプディンって名前なのか。

 思ったよりカワイイ名前に驚かされる。

 気になるのは、『流星の若人』の弓矢使いの人だけど距離があってここから握手しに行く雰囲気じゃない。

 うん、残りの一人は……予備でとっておこうかな?


「じゃあ、行くぞ。遅れるなよ、リン」

「はい、プディングさん!」

「「「「「プディング?」」」」」

「――っ!? 貴様、どこでその名を知ったっ!?」


 どうやらプディングさんは自分の名前を隠していたらしい。

 その後、隣町に着くまでの間、ギルドマスターは名前で揶揄われることになるのだった。

 ごめんなさい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る