第78話 遊佐紀リンは絶対に許さない

 彼はまだ二十代半ばといった感じの若い男だった。

 その顔に見覚えはない。

 ただ日本人顔で、日本人なら誰しも知っているホットドッグを開発したと言って、そして私の顔を見て驚いた。

 アイリス様から聞いた。

 ここ数年以内でこの世界に来た人間は兄を除けばたった三人。

 宝石強盗の連中だけだ。

 それに、その声には聞き覚えがあった。

 宝石強盗の連中の中で「時間だ」とたった一言伝えただけだが、やはり聞き覚えがあったのだ。

 私は恐怖のあまり思わず聖銃を持って構えた。

 男は息を呑み手を上げた。

 周りのお客さんたちは「なにやってんだ?」という顔でこちらを見るが、騒ぎはしない。

 当然だ。

 彼らは、いや、この世界の人は銃という存在を知らない。

 知っているのは実際に銃を使っているところを見たことがあるエミリさんとナタリアちゃん、そして地球から召喚された人間だけ。

 なのに、彼は銃を見て手を上げた。

 彼は銃がどういうものか知っている。

 それが答えだった。


「――リン、こいつは武器を持っていない」


 エミリさんが声をかける。

 少しだけ冷静になった。


「ここだと他の客もいる。外で話せるか?」


 男の言葉に私は少し考え、頷いた。


「サルメ、ちょっと抜けるからあと頼む」

「なに? どうしたの?」

「ちょっと昔のツケを精算するだけだ」

「直ぐに帰って来てよね。忙しいんだから」


 女性店員と男は言葉を交わし、そして私たちを店の裏口に案内した。

 そして、男は大きく息を吐いて置いてあった木箱の上に座る。


「リンよ――こやつと知り合いなのか?」

「うん。私がいた世界で犯罪者だった男。私や友だちを殺そうとした宝石強盗のひとりだよ」


 ナタリアちゃんに説明した。

 直接拳銃を向けてきた男ではない。

 でも、仲間の一人には違いない。

 こいつらが学校に来なかったら、私は今でも日本で普通の高校生として平和に過ごすことができた。

 こいつらさえこなければ。


「……あの時は悪かったと思ってる。反省もしている」

「言葉では何とも言える。あなたたちは私を、そしてミコを――私の親友を殺そうとした」

「……すまなかった。だが、俺にはあいつを止めることができなかった。止めれば俺が殺されていた」


 男は言った。

 彼は昔、SNSで現金をプレゼントしますという企画に応募したらしい。そして、現金3万円が当選したのだが、それが真っ赤な嘘で実際に振り込まれたのは300万円で、プレゼントした人が間違えたから引き出してほしい。謝礼に10万円あげるから――と言われて、素直にそれに応じた。

 まさか、実際に振り込んでいたのが振り込め詐欺の被害者で、自分が出し子に利用されていただけだなんて思いもせず。

 被害者が詐欺に騙されたことに気付いていないのか、警察が彼の家に来ることはなかった。

 その代わり来たのが宝石強盗のリーダーだった。

 彼は男に自分が出し子に利用されたことを告げ、もしも協力しなければ警察に全てばらすと脅した。

 男は協力するしか道がなかったそうだ。


「バカだったんだよ……最初に脅されたとき、警察に行ってれば」

「あなたも被害者だった……なんて私は思わないよ。私は絶対に許せないから」

「ああ……それに、あんたには悪いことをした。俺たちの天罰に巻き込まれてこの世界に来たんだろ?」

「天罰?」

「ああ。宝石強盗なんて悪事に加担した俺に、神は罰を与えた。だから、こんなテレビもスマホもない世界に飛ばされたんだ」


 それは天罰じゃなくて、私がアイリス様に願ったことなんだけど、アイリス様の頼みだから天罰と言えば天罰になる。

 でも、罰を受けたからって私は――


「パパ、何してるの?」


 五歳くらいの男の子が駆け寄ってきた。

 目の前の男とは似ても似つかない茶色い髪の可愛らしい男の子だった。


「ラック、大事な話があるから部屋にいってなさい」

「うん、わかった」


 男の子はそう言うと、タタタタタと裏口から店の中に入っていった。


「パパ?」

「サルメの息子だ。父親は俺がこの世界に来る前に魔物に殺されて死んでいた」

「サルメさんって人と結婚したの?」

「ああ……この世界に来て行くアテもなかった俺をサルメが助けてくれてな。その流れで――」


 そう言われて、私は深いため息をついた。


「だいたいわかった。エミリさん、もどりましょう」

「もういいのか?」

「うん、せっかくのホットドッグが冷めちゃうし」

「そうなるとコールドドッグじゃな」


 男は暫く立ち上がろうとしなかった。

 許されたとは思っていないだろう。私も許すつもりはない。

 それでも、今度こそ更生して生きて欲しいと思う。

 自分のためではなく、私のためでもなく、ラックくんのために。


 あと、悔しいけれど、ホットドッグはとても美味しかった。

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