第77話 遊佐紀リンは二階級特進を果たす
「手紙、確かに預かりました。ところで、皆さんはゾンビ退治の経験はおありでしょうか?」
受付嬢さんが尋ねてきた。
まるで、「この前駅前に韓国コスメの店ができたんだけど行った?」って尋ねるほどの気楽さだ。普通に生きている人がゾンビ退治なんて経験しているとは思えない。
「ゾンビか……経験はあるがあんまり思い出したくはないな」
え? エミリさん経験あるの?
ゾンビ退治って、勇者より聖職者か傭兵の仕事の気がする。
「そちらの妖精族の方はどうですか?」
受付嬢さんは今度は私の頭の上のナタリアちゃんに尋ねた。
気付いていたんだ。
そう言えば、「皆さんは」って言ってたもんね。
これって、三人以上にしか使わない言葉だもん。
「まぁ、何度かある。といっても、普段は関わりたくないから飛んで逃げるのじゃが」
「二人ともあんまり乗り気じゃないけど、ゾンビってそんなに嫌なの? もしかして、噛まれたらゾンビになるとか?」
そしてみんなゾンビに?
ゾンビになったとき治療できる薬ってあるかな?
開発欄にある……ええと、あ、防腐剤って効果あるんじゃないかな?
道具欄に入れていたものは腐ることないから作らなかったんだけど、作っておこうかな?
「噛まれたらゾンビになるって、吸血鬼ではあるまいし、そんなことにはならんよ」
「吸血鬼は本当に噛まれたら吸血鬼になるんだね。じゃあ、ゾンビが嫌なのって? やっぱり元々人間だから倒すのが躊躇われるとか?」
「リンよ。確かにそういうゾンビもいるにはいるが、世にいるゾンビの大半はそういう魔物ってだけで元人間の場合は少ない」
「ああ。特にこの辺りの地域は疫病対策に土葬ではなく火葬で死者を弔っているらしいから、長時間放置にされたりしない限りゾンビにはならないよ」
「だったら――」
なんで? と言おうとしたら二人が先に答えた。
「ゾンビは汚いからな」
「ゾンビは臭いからのぉ」
「ゾンビを倒したあとに剣や装備の手入れをするのが大変でな」
「そのままでも臭いのに、倒せばさらに臭い。特に腐乱ゾンビなんて最悪じゃ」
あぁ、そういうことなら私も戦いたくないかな。
三人で踵を返して帰ろうとすると――
「お願いです! 隣町が突然現れたゾンビに占拠されて大変なんです! 助けてください」
受付嬢さんがエミリさんに泣きつく。
そういう事情か。
「明日、殲滅作戦を実行する予定なのですが、参加希望の冒険者がほとんど集まらなくて――助けてください」
エミリさんは受付嬢さんの手を振り払えない。
彼女は本当に困っている人を見捨てられない。
やっぱり勇者なんだね。
「んー、そうだ! この依頼、リンが受けてみないか?」
「え? 私ですか!?」
「あの、リンさんはまだGランクの冒険者ですよね? 今回のゾンビ退治の依頼はEランク以上。受けることができませんよ」
「ゾンビの殲滅作戦というと、まずは城壁の外から遠距離攻撃で倒していき、外に逃げようとするゾンビを個別撃破するんだろう? リンは遠距離攻撃の使い手だ」
「エミリさん、何を――」
「私と彼女の二人で入り口の一カ所を守ろう」
「………………あ、リンさん。冒険者カードに記された依頼達成状況を見ると、ダイジョブ草の納品と石材の輸送依頼をしていますよね?」
「え? はい」
「ダイジョブ草を400本石材は最低輸送量の100倍以上前の町では依頼達成数は2となっていますが薬草は本来は5本の納品で達成依頼1回分ですし180回依頼達成したと計算することも可能です依頼達成数50でGからFランクアップ、さらに追加で依頼達成数100でFからEにランクアップできますなのでリンさんをEランク冒険者の昇格を認めますおめでとうございます!」
句読点を一切挟まないように彼女は一気にそう言い切った。
えっと、それってつまり――
「無理やりリンをEランクにして辻褄を合わせおった」
「……それっていいの?」
「そこの受付嬢の一存で許可できるくらいには規則的に問題ないということじゃろ。エミリもこうなることはわかっておったみたいだしな」
え? そうなの?
エミリさんの方を見ると、彼女は肯定も否定もせずに笑った。
どうもそういうことらしい。
二階級特進とか、私が警察官だったら不吉な予感しかしないよ。
「仕方ない。儂も頑張るかの。遠距離攻撃できる魔法使いはゾンビ退治では必須じゃろうからな」
「ありがとうございます。ナタリアさんは外部協力者として特別報酬を支払わさせてもらいますね」
ということで、私たちはゾンビ退治の依頼を受けることになった。
宿屋は冒険者ギルドが用意してくれるらしい。
結構な歓待っぷりだ。
それほどまでにゾンビを倒せる人が必要なのだろう。
ここまでされたら、もうゾンビ退治は嫌だって断れない。
「あぁ、初めての魔物退治依頼がゾンビ退治かぁ……臭いのイヤだなぁ……」
「そういうな。遠くから倒せば臭いもない。清掃作業はGランク冒険者への依頼だから、リンに回ってくることはないだろうしな」
「え? もしかしてエミリさんが私のランクを上げてくれたのって、私にゾンビの清掃依頼をさせないためだったんですか?」
「それもあるが、Eランクまで上がれば冒険者証の更新期間が長くなるし、どの町でも更新できるようになる。リンも更新のたびに前の町に戻るのは嫌だろ?」
あぁ、そういうランクの違いもあるんだ。
受けられる依頼が違うだけじゃないんだね。
納得したところで、料理が運ばれてきた。
あ、これは――
「ホットドッグだ!」
腸詰が名物って言っていたから少し期待していたけれど、ちゃんと出てきた。
でも、レストランでお皿の上に載ったホットドッグが出てくるのって、少し不自然と言えば不自然だよね。
「ホットドッグか……聞いたことも見たこともない料理だな」
「うむ、この赤いソースは辛そうじゃが、唐辛子か?」
あれ? 二人ともホットドッグ知らないんだ。
そう思っていたら、宿の従業員らしき男性が近付いてきた。
「おう、嬢ちゃん、ホットドッグを知ってるのか。俺様の作った料理もちっとは有名になったもんだ……っ!? なっ」
従業員らしき男性が私の顔を見るなり驚き、固まった。
いったいどうしたのだろう? と見上げたら、私もまた言葉を失う。
わかっていた。
彼がこの世界にいることは知っていた。
でも、まさかこんなところで会うなんて。
そこにいたのは、私がこの世界に来ることになった原因の一人。
宝石強盗の男だった。
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