第87話 遊佐紀リンは炎を前に死を悟る
「お願いっ!」
私は祈りを込めて、銀の銃弾を撃った。
銀の銃弾はゾンビの左頬を貫いた。ゾンビが塵になって消える。
そのゾンビだけじゃない、その向こう側にいたゾンビも他のゾンビも次々に――そして、銀の弾丸がドドールさんを掠めてさらに後方のゾンビを貫いていった。
外れた。
でも、おかげでドドールさんの姿が見えた。
今度は外さない。
銀の銃弾を詰め直す。
「リン、気を付けろ!」
ドドールさんがいつの間にか黒い錫杖を持っていた。
そして、その錫杖が黒い炎を生み出した。
「え?」
攻撃してくる……!?
ゾンビを生み出すのは仕方ないと思っていた。
何百年も故国のために研究してきたのに、その国が既に滅んでいたのだから混乱もするし錯乱状態にもなる。そのせいでゾンビを生み出しているのだと。
でも、これじゃまるで、私たちを殺そうとしているみたい――さっきまで普通に話していた相手のその殺意に私は動けなくなる。
気付けば炎が眼前に迫っていた。
逃げないと――帰還チケットを、ダメ、考えられない。
私、今度こそ死んだ。
「リン、しっかりしろ!」
「……え?」
エミリさんがいた。
私を見ている。
あれ? 私――
「まだ戦いは終わらない。撃てるか」
「エミリさん…………エミリさんっ!?」
エミリさんの背中が燃えていた。
鎧は原型をとどめているが、その下の服が燃えて皮膚を焼いている。
「エミリさん、私――」
「全ては終わってからだ。集中しろ。もう一発来るぞ。彼を止めてくれ」
エミリさんが言うように、ドドールさんはもう一度炎を出そうとしている。
止めてくれってエミリさんは言った。
そうだ、彼はもう普通ではない。
止めてあげないといけない。
それがここにいる私の責任だ。
聖銃を構える。
聖なる銃――なんて安直な名前だろうか? でも、その名前がいまは私の心を支える。
彼を止めることのできるこの武器を授けてくれたアイリス様と、私を守ってくれたエミリさんに感謝する。
炎が放たれた。
私は怯まない。
私は引き金を引いた。
放たれた銃弾は、生み出された炎をも貫通し、まっすぐ飛んでいき、そして――
洞窟内に響く銃声の中から、確かに頭蓋骨に穴が開く音が聞こえた。
変化は如実に起きた。
ゾンビが一瞬のうちに消え、そこにあった魔法の光も消え、残ったのは仄かなランタンの灯りと、そして横たわるドドールさんの姿だけだった。
地図を見ると、既にドドールさんの反応も消えている。
だけど――
「君達、まだそこにいるのか」
彼はそう言った。
「もう目も見えない。いたら返事をしてくれ」
「ここにいる」
「私もいます」
「そうか……迷惑をかけた」
ドドールさんは言った。
その肉のない骨だけとなった手をエミリさんは握る。
「まったく、話を最後まで聞けと言っただろう。ルドムーアは確かに滅んだし、王族たちは全員討ち死にした。ただ、国王の妾が妊娠していてな――その子は無事に生まれ、後日ガッハスボランの王と結婚することになる。いまのガッハスホランの王族もまたルドムーアの王家の血筋を確かに引いている」
「だったら、病気は――王家の伝わる病は――」
「安心しろ。治療法は既に見つかり、完治とはいかないが日常生活を送る上では支障のない状態になっている」
「それは、本当なのか?」
「ああ、本当だ。ただ、すまない。王家の引継ぎのごたごたで、ドドール殿に関する資料は消失してしまい、報告が遅くなってしまったようだ。王家に連なるものとして謝罪する」
「――っ!?」
ドドールさんは一瞬固まり、そして笑った。
もう動かない。
彼は死んだのだ。
ううん、彼はリッチとなると決めたその時から既に死んでいたのだろう。
そしてようやく救われた。
骨だけだというのに、その顔はとても安らかなように見えた。
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