第88話 遊佐紀リンは謎の杖を入手する


「エミリさんって王族だったんですね」


 私はハイポーションと着替え用の服を取り出してエミリさんに渡しながら言った。

 エミリさんはハイポーションを瓶から直接飲み、その場で着替えを始めた。

 王族って何かを飲むにも毒見が必要だとか、下着までもメイドさんが着替えさせるとかそういうイメージがあったけれど、そんな風には見えない。


「黙っていてすまなかったな」

「いえ、なんとなくお金持ちだろうなって思ってたので……えっと、王家に遺伝する病気っていうのはお父さんの病気?」

「いや、勇者体質のことだ。全員というわけではない。むしろ発症することの方が少ない。」

「じゃあ、治療法っていうのは」


 私が自分の顔を指差すと、エミリさんは頷いた。

 エミリさんが机の上に会った荷物などを全て纏めたので、私はそれを預かり、燃えて穴の開いた衣類とともに道具欄に収納する。


「プディングさんや以前に衛兵長さんがエミリさんに対して態度を変えたのって、冒険者カードを見て王族だってわかったからですか?」

「ああ、これのことか。冒険者カードに魔力を流すと、王家の紋章が浮かび上がる特別性のカードだが、これで王族だとはわからない。きっと彼らは私のことを王家の命令で動いている冒険者としか思っていないだろう」

「ああ、印籠みたいなものですか。この紋所が目に入らぬかっ! ってやつですね!」


 王家の紋章があったから逆らえなかったってわけだね。


「リンはあんまり畏まらないのだな」

「驚きましたけれど、まぁエミリさんはエミリさんですし。そもそも勇者と王様、どっちが偉いんですか?」

「どうだろうな? かつてこの世界に召喚された勇者は別の大陸でトーラという国を築いたそうだしな」


 へぇ、勇者って王様になったんだ。

 まぁ、世界を救ったくらいだからそのくらいはできるよね? 具体的にどうやって世界を救ったのかは知らないけれど。

 ……もしかして、お兄ちゃんも勇者として召喚されたから王様になってたりして。

 お兄ちゃんが王様……似合わないなぁ。

 ドドールさんの遺骨(?)と、摘んでいた花も収納した。

 彼が持っていた書物の中に故郷の住所が書いてあったので、そこに持って行って埋葬したいらしい。


「……あれ?」


 道具欄に見たことのないものがある。

 ナイドメアスの杖?

 道具欄から取り出してみる。

 黒い杖が出てきたけれど、さっきドドールさんが持っていた杖とは違う。


「エミリさん、この杖……」

「それは?」

「えっと、ナイドメアスの杖って名前の杖らしいです。ドドールさんを倒したときに手に入ったみたいで」

「ナイドメアスの杖? 確か、ルドムーア王家の古い資料にその名があったような……すまない、私は杖については疎くてな。ただ、この杖は少し妙だな」

「妙ってどういうことですか?」

「魔法の杖というのは必ず魔石が埋め込まれている。水の魔法を使うには水の魔石が、火の魔法を使うには火の魔石が必要だ。魔法の詠唱を唱えると杖の魔石によって魔力の流れが定まる。しかしこの杖は魔石が全く埋め込まれていない。戦闘用ではなく、儀式用か?」


 疎いって言ってるけれど、ちゃんと考察してくれている。

 魔法の詠唱か。

 あれかな? “エクスペディア・タイムパトロール”……みたいなの?

 ちょっとだけ憧れる。

 ホウキに乗って空を飛びたい。


「ナタリアちゃんに聞いたらわかるかな?」

「そうだな。妖精族はエルフ族にも匹敵するほど魔法に造詣が深い種族だ。何か知っているだろう」

「ですね。じゃあ、帰りましょうか」


 私たちは地上に出て町に戻る――その前に――


「リン、今度はお尻をおしてくれないか?」

「エミリさん、また引っかかったんですか?」

「違うぞ、私は太っているんじゃない! この穴がせまいんだ」


 ……その狭い穴にまったくつっかえることのないお子様体形の私に対して、エミリさんは嫌味のように穴に引っかかっていた。

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