第113話 遊佐紀リンは過保護な魔物退治を見学する

 転移装置エレベーターに乗って二階層に戻った。

 ボスは十階層毎にしかいないそうなので、ここは普通の魔物しか出てこない。

 最初に現れたのは牛だった。

 ゲーム経験が乏しい私だって、牛の怪物の名前くらいは知っている。

 ミノタウロスってやつだ。

 でも、目の前の牛はそんなのではない。

 これ、えっと――


「ツバスチャン。あれ、魔物なの? 普通の牛にしか見えないんだけど」

「はい」

「なんて魔物?」

「ワギューです」

「産地偽造だよねっ!?」


 国産牛と違って、和牛は日本産しか存在しないはずだ。

 茶色だから褐色和牛かな?


「いえいえ、あれはワギューです。和牛ではありません」

「そんな、海外のWAGYUと日本の和牛は別物ですから、海外のWAGYUを日本国内に輸入したとき和牛として販売してはいけません! みたいに言われても……遺伝資源の流出が異世界にまで……」

「別物ですよ。本来の和牛と比べると狂暴ですし、人間に襲ってきます。またその肉は大変美味でして、いい刺しが入っています。すき焼きにしても焼肉にしても絶品ですよ」


 と言っている間に、ワギューはこっちに向かって走ってきた。

 いくら見た目が普通の牛とはいえ、ううん、普通の牛だからこそあの角で突かれたら痛いじゃ済まない。

 えっと、牛と戦うには、普通の銃でいいのかな? それとも爆発の弾を使う?

 ライトバレットはゾンビとか悪魔以外には目くらましくらいにしか使えないし、下手に使ったら大暴れしそうだ。


【止まれ!!!!】


 突然、ツバスチャンが声を発するとワギューの動きがとまった。

 そして、ゆっくりと動き出す。


「まずはラミュアお嬢様、戦って見ますか?」

「よろしいのですか?」

「もちろんです。ダンジョンデビューなさって魔物と戦わないのはつまらないでしょう」


 ツバスチャンは当然のように言うけれど、普通の女の子がいきなり自分より大きな牛と戦うとか無理でしょ!?

 最初はスライムとか弱い魔物にしてあげてよ。


「戦います!」

「行くのっ!?」


 私の心配をよそに、ラミュアちゃんが牛の横に回って剣を振るう。

 が、うまく刃が入らない。

 ワギューが痛みで暴れ、ラミュアちゃんに襲い掛かった。

 危ないっ!?

 と思ったが、ラミュアちゃんの前に光の障壁が現れた。

 その障壁がまるで粘土のように形を変えて、ワギューを拘束する。


「背中には硬い背骨があります! あなたの剣の腕ではそこを狙っても大したダメージを与えることができません。急所を狙いなさい」

「急所って、どこですか?」

「腕力があれば頭です。頭蓋骨は背骨より軟らかいですから。ですが、それでも力はありますからね。確実に殺すならここです」


 とワギューの首をつばさ差す。

 ラミュアちゃんはそこをじっと見た。

 殺されるためのレクチャーを聞いていても、ワギューは微動だにしない。いや、できない。

 

「上からではありません。頚椎も堅いですから、こちらからですよ」

「わかりました」


 動けないワギューの首に刃を入れる。

 牛は暴れようとするが、やはり動けない。

 そして、次第にその命は尽きた。


「魔物の初討伐おめでとうございます、ラミュアお嬢様」

「おめでとう、ラミュアちゃん」

「魔物を初めて退治した感想はなにかあるかの?」


 ナタリアちゃんに感想を聞かれたラミュアちゃんは、少し困惑したように言う。


「魔物を退治したというより、牧場の精肉体験に来たみたいです」


 うん、私もそう思う。

 ここまで過保護な魔物退治は魔物退治じゃないよ。

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