第69話 遊佐紀リンは領分を守る

 石切場の管理人のおじさんに事の経緯を説明した。

 カイトくんが死んだことについて悲しんでいて、ゴブリンシャーマンがいたことに気付かなかったことを謝罪した。

 私は仕事の依頼分の石材を預かって町に戻った。

 冒険者ギルドに行く。受付にいたのは今朝と同じく無精ひげのワルツさんだった。受付業務をできるのは彼しかいないのだろうか?


「なんだ? お前達一緒に仕事してたのか? ん? カイトはどうした?」

「ギルドマスターに話がある。緊急の案件だ」

「ただごとじゃないな……奥で話を聞く。それと、ここの責任者ギルドマスターは俺だ」


 ワルツさんがここで一番偉い人だったらしい。

 私たちは彼について奥の部屋に行く。

 そこで、エミリさんが今日あったことを話した。


「ゴブリンシャーマンと、キング誕生の可能性か……情報感謝する。それと、カイトのことだが、残念だったな。リン、悪いが遺体を安置所まで運んでくれ。あとで案内する」

「……はい」


 その後、会議室のような広い部屋で話し合いが行われた。

 私たちも現場に居合わせた人間として意見を求められることになり、椅子に座る。

 一週間後、Eランク以上の冒険者を集めて石切場を取り囲み、ゴブリンの殲滅作戦を実行することになった。

 ゴブリンキングが大きくなり、雌ゴブリンを囲って繁殖するまで一ヶ月は余裕があるそうなので、一週間後でも十分に余裕がある。

 むしろ、今日、私たちが坑道に入ったことで坑道の中にいるゴブリンたちは警戒しているので十分に数を揃えないまま突撃したら逃げられる恐れがあるというのがワルツさんの意見だ。

 エミリさんも頷いた。

 私も特に反対意見はなかった。ナタリアちゃんは冒険者じゃないからと話し合いへの参加は拒否していた。

 これまで黙って聞いていたキッケくんが声をあげた。


「ワルツさん、俺たちも作戦に参加させてくれ! カイトの仇を討つんだ」

「ダメだ。お前らはやられたばかりだろ。それに、ユリーシャは無理だろ?」


 ワルツさんがユリーシャちゃんの方を見る。

 彼女の顔色は悪い。

 精神的に相当堪えているのだろう。

 私の目から見ても、彼女をもう一度ゴブリン退治に行かせるのは酷だと思う。


「リンの嬢ちゃん。ついてきてくれ」

「あの……いえ、はい……」


 私は頷いてワルツさんについていく。

 エミリさんは高ランク冒険者として、細かい話し合いをするらしい。

 キッケくんとユリーシャちゃんは椅子から立ち上がろうともしなかった。


「いきなりヘビーなことに付き合わせてしまったな」

「……いえ」

「冒険者ってのは死と隣り合わせの仕事だ。遺体すら持って帰ることも困難な時がある。嬢ちゃんがいてくれて助かった」

「……私たちがもっと早くついていればって思います」

「人は己の領分の中で生きるもんだ。それを超えた働きを求めたらいけない。自分自身に対してもな――嬢ちゃんはそれを守るんだぞ」


 ワルツさんは言った。

 その顔に浮かべる笑みは、悲しみに満ちていた。

 私は私のできることを……か。

 死体の安置所についた。

 木でできた空っぽの棺がいくつか置かれていた。

 棺の中にカイトくんを出すように言われたので、その通りにした。


「あの……カイトくんの家族は?」

「いねぇよ。あいつら三人は孤児だったからな……孤児院もないこの町で、よくグレずにここまで成長したもんだ」


 ワルツさんはそう言ってカイトくんの頭に手を当てる。

 もしかしたら、ワルツさんはカイトくんが冒険者になるよりもっと前から彼のことを知っていたのかもしれない。


「カイトの最期はどんなだった?」

「すみません、私が駆け付けたときにはもう……でも、ユリーシャちゃんを庇って死んだそうです」

「そうか……カイトの奴、ユリーシャのことが好きだったからな……ユリーシャはもう冒険者としてはダメかもしれないが……」


 ワルツさんはそう言って、胸ポケットからハンカチを取り出して、カイトくんの顔についた血を拭う。

 血はもう固まっていて、カサブタのように剥がれ落ちた。


[あぁ、そうだ。嬢ちゃんが受けてた依頼はどうなった? 石切場は暫く近付けないから、まだだったら違約金無しでキャンセルを――]

「いえ、持ってきました」

「そうか。嬢ちゃんの収納機能は凄いな。カイトを運んで石材まで運んでこれたのか。どのくらいだ?」

「とりあえず、石切場の倉庫にある分は全部持ってきました」

「…‥嬢ちゃんの領分ってのは、かなり広そうだな」


 ワルツさんは乾いた笑みを浮かべて言った。

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