第68話 遊佐紀リンは坑道から脱出する

 二人いた男の子のうちの一人、あそこで横たわるカイトと呼ばれた彼に対し、地図は一切反応を示していない。

 地図が反応を示すものは生きている大きな物。

 逆に地図が反応を示さないのは、昆虫や小動物だったり、生きていない物。

 そう、彼はもう死んでいる。


「死んでるって嘘だろ! まだ動いてるだろ!」

「ううん、動いてないよ」

 

 視線を背けたくても背けられない。

 私だって、もしかしたらまだ生きているんじゃないかって思ってしまうから。

 でも、彼はさっきから動いていない。

 彼はもう……死んでいる。


「このあたりのゴブリンの退治は終わった。他のゴブリンが来る前に一度外に出よう。立てるか?」


 エミリさんが剣についたゴブリンの血を布で拭い、尋ねた。

 でも、少年たちは動かない。

 まだ仲間の死が信じられないのだろう。


「立てなのなら、背負っていくがどうする?」


 エミリさんが言うと、二人はゆっくりとだが立ち上がる。

 そして、カイトくんを背負おうとするけれど、持ちあがらない。

 まだ怪我も体力も治っていない状態では持ちあがらない。

 

「リン、収納して運んでやれ。抱えた状態で坑道を上がることはできない」

「……わかりました」


 私はカイトくんに手を当てて道具欄に収納する。

 道具欄には、『カイト:1』とだけ表示されていた。

 なんともやるせない気持ちになる。

 暫くの間無言で元来た道を戻っていく。


「君達、名前は?」

「……キッケだ」

「私はユリーシャです」

「何があったか話せるか?」


 エミリさんが尋ねた。

 これまで黙っていたのは二人が冷静に話せるようになるのを待っていたからだろう。


「……ゴブリン退治に来たら見たことのない魔法を使うゴブリンがいて、そいつが変な魔法を使ったら身体が重くなったんだ」

「うん……危ないから逃げたんだけど、道に迷って別のゴブリンに出くわして、その時もまだ身体が本調子じゃなくて……それでカイトが……」


 ユリーシャちゃんがそう言うと、嗚咽とともに、その場に座り込む。

 カイトくんが殺されたところを思い出したのだろう。

 私は彼女の背中に手を当てて、落ち着くのを待った。

 そして、水道水の入っている瓶を差し出した。


「ありがとう……ございます」

「ううん、私にしてあげられるのはこのくらいだから」


 この坑道は迷路みたいになっている。それに、行と帰りでは道が違って見える。

 呪術のせいで言葉が使えず、仲間同士でコミュニケーションも取れない。

 迷ってしまっても仕方がない。

 ユリーシャちゃんから空瓶を受け取り、手を貸して立たせる。

 そして、移動を再開しようとしたところで、キッケくんが言った。


「あんた、強いんだろ! だったらあのゴブリンを倒してくれ!」

「……悪いが、そのつもりはない」


 エミリさんが言った。

 いつもなら人助けをするエミリさんらしくない台詞だけれども、理由があるんだろうと私は黙って聞く。


「お前達が出会ったのはゴブリンシャーマンだ。動きが遅くなったっていうのは呪いだ。さっきもまともに動けなかっただろ? なのに、ゴブリンシャーマンはお前達を追撃しなかった。何か理由があるはずだ」

「理由……って?」

「たとえば、新たなキングの誕生だな」

「ゴブリンキングか……ならば、シャーマンが追わぬのも道理じゃな……」

「なっ!? それが本当なら余計に倒さねぇとまずいだろっ!」


 キッケくんが言うけれど、私は恐る恐る手を上げた。


「あの、そのキングってなに? 王様?」


 知っていて当たり前のように話を進めるけれど、えっと、ゴブリンの王様の誕生ってことは、中で戴冠式でもしているってこと?

 その儀式を取り行っているのがシャーマン?


「ゴブリンキングのことだ。ゴブリンキングは、数百、いや、数千万匹に一匹の割合で現れるゴブリンの最上位種で、ゴブリンキングが誕生したら、一年後には一万匹を超える群れとなって町や村を襲うと言われている」

「――っ!? それなら早く倒さないと!」

「慌てるな。一年後って言っておるじゃろ? いまはまだ誕生したばかりでそれほど危険はない。しかし、ここで無理に襲えば逃げられる可能性が高い。さっき外の親父に貰った地図を見てみろ――出口や道は一つではない。そこからゴブリンキングに逃げられたら大変じゃ。まずは冒険者ギルドに戻ってキングが出た可能性を告げ、出口をすべて塞いだうえで退治しないとならん」

「ああ、ゴブリンシャーマンが現れたのも、ゴブリンキングが生まれる予兆みたいなものなのだろう」


 エミリさんとナタリアちゃんは冷静に今後の対処について話し合っていた。

 そんな中、


「なんだよ、それ……数千万匹に一匹って……そんな偶然のせいでカイトは……」


 そう言うキッケくんの悔しそうな表情がやけに私の目に焼き付いていた。

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