第61話 遊佐紀リンは冒険者になる
拠点に帰ると、私たちが着ていた服はツバスチャンが洗ってくれることになった。
そして、髪の毛や顔についた血を洗い流すため、三人でお風呂に入る。
いつもはバラバラに入っているけれど、一刻でも早く血を洗い流したいのは三人同じようで、一緒にお風呂に入る事になった。
あ、ナタリアちゃんは桶の中に入っている。
もう少しナタリアちゃんの身体が小さかったら、お茶碗に入ることができて目玉の親父みたいな入浴になっているだろうけれど、そこまでは小さくない。
「それにしてもエミリさんの冒険者カードって何が書いてあるんですか? 衛兵の隊長さん、凄い縮こまってましたよ」
町に入るときも冒険者カードを見せていたけれど、その時は特に変わった様子はなかった。
せいぜい、Bランク冒険者だって驚かれたくらいだ。
「皆まで言わんでもわかるだろう? 衛兵がああなるということは、エミリの実家の権力がかなりのものということじゃ。伯爵以上の上位貴族じゃろうな」
「まぁな。本当は実家を利用してどうこうしたくないのだが、今回はああするしかなかった」
そうなんだ。
あれ? でもエミリさんって貴族じゃないって言っていたような?
んー、謎が深まるけれど、無理やり聞き出す必要はないかな?
エミリさんが実はやっぱりものすごい貴族の令嬢だってなったら、これまで通り接するのが難しくなるかもしれない。
知らぬが仏って言うしね。
「まぁ、エミリがどれだけ偉かろうが、本来であればリンの方が遥かに偉いのじゃがな」
「え? どういうこと?」
「ナタリアの言う通りだな。リンは異世界からアイリス様の加護を授かってこの世界にやってきた、いわば神の遣いだ。たとえこの国の王であろうともリンの方が立場は上なんだ」
「聖女なんぞと呼ばれておるが、教会が任命する聖女より遥かに身分は上じゃ」
うへぇ……そうなんだ。
まぁ、神様の遣いって言われたらそうなんだけど、私自身が凄いわけじゃないしなぁ。
私よりもツバスチャンの方が凄いと思う。
なにしろ神鳥だし。
あ、でもツバスチャンが凄いってなったら、その神鳥の主人である私も凄いってことになるのかな?
「リンよ、面倒そうじゃと思っただろ」
「正直言って少し……」
というか、かなりだ。
「まぁ、リンが望まないのであれば、私たちもリンの秘密を喧伝して回るつもりはない。しかし、兄を探すというのであれば、その身分を使うことも考えた方がいいぞ」
「あ、そういえばお兄ちゃん探してるんでした」
すっかり忘れてたって言ったらウソになるけれど、こっちの世界に来て色々あり過ぎて、思い出さない時が結構多かった。
あっちは私がこの世界にいることを知らないんだから、やっぱり私から探さないとダメだよね。
お風呂から上がった私たちはのんびりしたいけれど直ぐに戻った。
急いで戻らないと詰め所にいる衛兵さんたちも不思議に思うからね。
部屋の外では、責任者のガルエフさんたちが少し距離を置いて待っていた。
「エミーリア様、先ほど尋問を行ったところ、ここに連れてきた連中が衛兵とグルになって人売りをしていたことを自白致しました。皆様、この度はまことに申し訳ありませんでした」
ガルエフさんが深く頭を下げる。
今回の件、ガルエフさんが直接悪いわけではないとはいえ、監督責任は問われるだろう。
どういう処分が下るのかはわからないけれど、
「そうか。奴らとグルになっていた衛兵の処分についてはそちらに任せる。それと――」
「彼らに売られた被害者の捜索、関わっていた奴隷証の調査も始めます。ただ、他国に売られた者もいるらしく、そちらの捜索は難航するかと」
「それでも可能な限り頼む。今回の件、冒険者ギルドには?」
「既に通達済みです」
「わかった。では、私たちは失礼させてもらう」
エミリさんがそう言って、ようやく今回の事件で私たちの出番は無くなった。
攫われた人たちの無事を祈るばかりだ。
詰め所を出たとき、大きく伸びをする。
とても肩が凝った。
「さて、買い物に行くか?」
「その前に、どこかで休憩しませんか? もう疲れましたよ」
「そうじゃな。連行される途中に雰囲気のレストランがあった。そこで茶でも飲むかのう?」
うわぁ、ナタリアちゃん、あの状況でレストランを探してたんだ。
あの時点では自分が容疑者になるなんて思ってもいなかったけれど、それでも初めて人に攫われそうになったことや、銃で撃ったことで気が動転して、それどころじゃなかった。
でも、今はありがたい。
ナタリアちゃんが言った雰囲気のいいレストランというのは、テラス席のあるお店だった。
メニューすらないお店だったので何を注文したらいいかわからなかったけれど、他の人が飲んでいるジュースが美味しそうだったのでそれを注文。
エミリさんとナタリアちゃんは水割りワインを注文した。
ワインの水割り? って不思議に思ったけれど、酔わないように水で薄めたワインというのはこの町では比較的メジャーな飲み方なんだそうだ。
値段もジュースより遥かに安い。
そんな休憩を挟んで冒険者ギルドに戻ると、無精ひげの男の人が出迎えてくれた。
「よぉ、さっそくやらかしたようだな。おめでとうさん」
と皮肉を言われた。
全然めでたくない。
「私が悪いんじゃありませんよ」
「知ってるさ。だが、冒険者ってのは厄介事に絡まれたとき、どう切り抜けるかで真価が問われる。あんたたちは一流の冒険者の仲間入りしたってわけだ。だからこそのお祝いだ」
そう言って、無精ひげの男は、一枚のカードを置く。
冒険者ギルドカードだ。
これが私の身分証明書。
書かれているのはリンという名前と、Gランクという表記、あとは発行した冒険者ギルドの名前と登録番号だけ。
それだけなのに、初めてこの世界の一員になれたような気分になった。
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