第74話 遊佐紀リンは太陽のクッキーを渡す
ルロアちゃんのお母さんは、元々この村の出身だったらしい。旦那さんを早くに流行り病で亡くし、母親一人、娘一人で生活してきたという。
ルロアちゃんが生まれるよりも前、村に飢饉が襲い多くの人が死んだ。その被害者の一人が当時五歳だったルロアちゃんの姉、ルルアちゃんだったそうだ。
飢饉の際、体力のない子どもやお年寄りから死んでいく。
ルルアちゃんが死んで、ルロアちゃんのお母さんももう助からないと思ったとき、冒険者がこの村に立ち寄って、食べ物を分けてくれて一命をとりとめたそうだ。
そして、彼女は冒険者と結婚し、ルロアちゃんが生まれた。
「しかし、その夫も先日帰らぬ人となり……こうして娘と二人、夫の実家を頼ろうとして馬車に乗ったのですが……」
「ねぇ、ママ。何の話してるの? ルルア、わからないよ」
「ごめんね、ルルア。わからないわね」
ルロアちゃんのお母さんはそう言って彼女を抱く。
とにかく、悲しい事情はわかった。
「ナタリア。私は呪いは詳しくても霊については詳しくない。このままだとルロアはどうなる?」
「うむ、いくら片親が同じで波長が合うとはいえ、ルロアとルルアは別人じゃ。いずれ魂と肉体に齟齬が出るじゃろう。それに、ルルアに憑りつかれたままじゃと、ルロアの魂が疲弊していく」
エミリさんとナタリアちゃんがこそこそと話し合う。
「あの……ミスラ薬は使えませんか? 一応馬車に積んでいたのですが」
「ううむ、あれは強力過ぎるからのぉ……ルルアの魂に苦痛を与えかねんが、ルロアの身を考えるとそれも致し方ないかもしれん。まぁ、その前にルルア本人に現状を把握してもらって、自ら出ていってもらわなければならぬが」
苦痛を与えて追い出す?
ルルアちゃんはずっとお母さんを待っていて、やっとそのお母さんに会えたのに?
何も悪いことしてないのに、そんなの可哀そう過ぎる。
でも、ルロアちゃんのことを考えると――
「ねぇ、ナタリアちゃん。いますぐ追い出さないとダメなのかな?」
「ううむ、先ほども言ったが、二人の魂は波長がよく合っている。だからこそ脆弱な魂でも簡単に憑依できてしまい、儂が気付くのが遅れたのじゃが。とはいえ、あまり時間をかけてもいられん」
「だったら、ほんの少しだけ待ってあげられないかな?」
「……あまり長くはもたんぞ? きっかけがあれば悪霊化するやもしれん」
「うん、別に特別なことをするわけじゃないから」
私はそう言ってルルアちゃんに近付く。
「ねぇ、ルルアちゃん。クッキー食べる?」
「クッキー?」
「うん、甘いお菓子だよ」
私はそう言って太陽のクッキーを渡した。
一定時間経験値が二倍になるっていうDLCアイテムなんだけど、食べても美味しいので普段のお菓子として道具欄にいくつも収納してある。
「いいの?」
「うん。どうぞ」
「ありがとう」
ルルアちゃんはニッコリ笑って太陽のクッキーを受け取ると、口いっぱいに頬張った。
お腹を空かせて死んじゃったのなら、せめて最後に美味しいものを食べて欲しい。
せめて楽しい思い出だけでも持って行って欲しい。
そう願いを込めて。
「ねぇ、ルルアちゃん。ルルアちゃんはお姉ちゃんになったんだよ」
「……お姉ちゃん?」
「そう。妹が生まれたの。名前はルロアちゃん」
「……ルロア?」
「そう、ルロアちゃん。その身体はね、ルロアちゃんのなの」
そう言われたルルアは不安そうな目でお母さんを見る。
ルロアちゃんのお母さんはルルアちゃんを抱いて、贖罪のように言った。
「……本当よ、ルルア」
「そうなんだ……」
ルルアちゃんはそう言って目を閉じた。
私は気付いていた。
ルルアちゃんは、もう自分が死んでいることに気付いている。
そうでなかったら、「やっと会えた」なんて言わない。
きっと、自分がさっきまで幽霊でいたこともわかっている。
そして、このままルロアちゃんに憑りついたままだったらいけないことに。
「ねぇ、ママはルルアとルロア、どっちが大事?」
「……え? それは――」
「選べないの? だったら、ルルアがこのままいてもいいよね」
ルルアちゃんがそう言って微笑んだ。
その邪悪な笑みに、背筋が凍る。
「まずい、悪霊化しかかっておる! 強制成仏させねばならぬ。御者殿、直ぐにミスラ薬を――」
「は、はい!」
御者さんが馬車にミスラ薬を取りに向かった。
直後、ルロアちゃんのお母さんが懇願するように言う。
「だったら私に憑依して――ママがいつまでもルルアと一緒にいてあげるから。お願い、ルロアは返して!」
すると、ルルアちゃんは困ったように微笑む。
「そんなことできないよ……ママ。だって、私がいないとママは……」
ルルアちゃんがルロアちゃんのお母さんの耳元で何かを囁いた。
すると、ルロアちゃんのお母さんは目を見開いて、御者さんが持ってきたミスラ薬を奪うようにとって、それをルルアちゃんに掛けた。
「あぁぁぁぁぁぁあっ!」
「ごめん、ごめんね、ルルア。本当にごめんなさい」
「ママ、ママ、ママっ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
ルルアちゃんの悲鳴とルロアちゃんのお母さんの謝罪が小屋の中に響き渡る。
そして、全てが終わった。
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