第73話 遊佐紀リンは霊魂を知る

 白く光る玉がいくつも舞っている。

 その中心にナタリアちゃんがいた。


「ナタリアちゃん、これってなに?」

「リンはウィル・オ・ウィスプって魔物を知っておるかの?」


 私は首を横に振る。

 少なくとも日本の学校の授業では習わなかった。

 もしかしたら、ゲームなんかでは出てくる名前なのかもしれない。


「ウィル・オ・ウィスプは、見た目は光の玉のような魔物でな、不遇な死を迎えた子どもの霊魂が魔物を指す。そのため、同じくらいの年齢の子どもに襲い掛かっては生命エネルギーを奪う魔物じゃ」

「それって、幽霊ってこと?」

「うむ。とはいえ、ダンジョンに現れるウィル・オ・ウィスプはそういう設定の魔物というだけに過ぎぬ。本物の子どもの霊魂などではない。それに、本物の霊魂というのは、無闇に人を襲ったりせぬ。ただ彷徨っているだけじゃ」


 ナタリアちゃんはそう言って空を飛ぶ。

 まるでダンスを踊っているかのように優雅に。

 すると、彼女の舞いに合わせるように光の玉が輝きだした。

 ファンタジー知識が全くない私でもナタリアちゃんの言っていることはわかる。

 つまり、この光の玉は、霊魂なのだろう。

 この村で、飢餓によって亡くなった人たちの。


 意味はないかもしれないけれど、私は両手を合わせて祈りを捧げた。

 そして、だんだんと光の玉は数を減らしていき、最後には一つだけになった。


「…………なんじゃ、まだいたのか」

「その魂は?」

「どうやらこの子の母親はまだ生きているらしいから、一人であの世に旅立つのがイヤなようじゃ」


 子どもの魂……と聞いて私は少し悲しくなった。

 思わずその霊魂に手を差し出しそうになるが、その前に光の玉が消えた。


「成仏したの?」

「いんや、見えなくなっただけじゃ。先ほどまでは儂の魔法により可視化しておったが、その効果がなくなったのじゃ」

「……あの子の魂はどうなるの?」

「うーむ、まぁ暫くは母親を求めて村を彷徨うじゃろうが、そのうち諦めるじゃろ。そしたらこの町に立ち寄った流浪の神官が成仏させてくれると思うぞ」

「……それまであの子はひとりぼっちなの?」

「仕方ないじゃろ。儂は神ではない。全ての魂をあの世に導くことはできんわ。ところで、リン。儂に用事があってきたのではないのか?」

「あ、そうだった。ご飯の準備ができたよ」

「おお、そうか。行こう行こう」


 私はナタリアちゃんとさっきの家に戻った。

 戻るなり、エミリさんを除く四人の視線がこちらに向く。

 何か期待しているかのような目だ。


「あの、どうしたのですか?」

「いえ、リンさんからいただいた食事がとても美味だったもので――フライパンの中を見ると、まだいっぱい残っているようでしたから――」


 御者さんがそう言って口ごもった。

 するとルロアちゃんが引き継ぐように言う。


「お姉ちゃん、おかわりほしいです」

「あ、ルロアーー」


 お母さんがルロアちゃんを嗜めるように言うけれど、ルロアちゃんのお母さんも欲しいようだ。

 もしかしたら味噌が口に合わないかもしれないからと思って控えめに入れたようだけれど、チャンチャン焼きもどきはこっちの世界の人の口にも合ったらしい。

 料理が認められるっていうのは嬉しいね。


「十分作ってありますから」


 私はそう言って、ナタリアちゃんの分を取り分けた後、御者さんとルロアちゃん母子のお皿にもおかわりのチャンチャン焼きを載せる。

 そして――


「おかわりいります?」

「……感謝する」


 ローブの怪しい人にもおかわりを渡した。

 もちろん、エミリさんにも。


「ありがとう、リン」

「どういたしまして。美味しいですか?」

「ああ、疲れているときに味の濃い料理は助かる」


 エミリさんはそう言ってチャンチャン焼きを食べた。


「美味しいね、お母さん」

「ええ、本当に……あの子にも食べさせてあげたかったわ」


 あの子って誰のことだろ?

 そう思ったとき――


「むっ、これはまずい!」

 

 ナタリアちゃんが叫んだ。

 その視線の先にいるのは、ルロアちゃん!?


「……ママ」

「どうしたの?」

「ママ! 会いに来てくれた! ママ!」

 

 ルロアちゃんがお母さんに抱き着いた。


「どうしたの? ルロア」

「ルロアじゃないよ。ルルアだよ、ママ!」

「ルル……ア!?」


 え? どういうこと?

 ナタリアちゃんのさっきの反応、もしかして――


「ナタリアちゃん、ルルアってもしかして――」

「ああ、さっき成仏させ損ねた子どもの魂がルロアにとりついた……」

「え? でも霊魂は彷徨っているだけで無害だって――」

「ああ、見誤った……あの霊魂とあの娘子の魂の波長が非常に似通っている……あの母親の反応を見ればわかるじゃろ?」


 ルロアちゃんが自分のことをルルアと名乗ったときのお母さんの驚き。

 普通と違った。


「あの、ルロアちゃんのお母さん……ルルアっていうのは――」

「……ルルアは……私の娘です。かつてこの村で一緒に過ごし、そして亡くなった――」

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