第12話 遊佐紀リンは解呪する

「……実は私は勇者だ」


 エミリさんが言った。

 秘密を打ち明けるように――いや、秘密を打ち明けたのか。

 でも、あれ?

 勇者って異世界から召喚された人のことなんだよね?

 ってことは、エミリさんも異世界人?

 日本人には見えないけれど、考えてみれば地球からの転生者の話なんだから、ヨーロッパとかアメリカから転生していても不思議じゃないのか。

 そう思ったらどうも違うらしい。


「正確には、人工的に勇者を作ろうとして作られた存在という感じだな」

「人工勇者? 遺伝子操作?」

「いでんし? 魔導技術によって、勇者と近い能力を生み出そうとしたんだ。勇者体質と呼ばれる」

「勇者体質?」

「ああ。勇者は人々の想いを己の力とし、敵を打ち滅ぼす。そういう能力を持っていたんだ」


 へぇ、過去に召喚された勇者さんは、そんなカッコいい能力をアイリス様から貰ったんだ。

 アニメとかで良くある話だよね。


『仲間たちの想いが俺を強くする!』


 ってやつだ。


「じゃあ、エミリさんもその能力を持っているんですか? 私がエミリさんがんばれー! って願ったら、その分強くなるんですか?」

「そうだ。まぁ、一人の力では大したことはないが、そういう人が集まればその分だけ強くなる」

「凄いじゃないですか!」


 何だ、そんな凄い人がいるのなら、わざわざ異世界から勇者を召喚するまでもないじゃない。

 だって、多くの人にガンバレーって応援してもらったら強くなるんでしょ?

 王様の命令で、自国民全員に、「この勇者が魔王討伐するから応援するのだ!」って言えば、国民全員の想いが力になるってことじゃん。


「ははは、確かに凄い。だが、完全じゃない。まず、その効果は本物の勇者が持っていた能力とくらべ著しく低い。かつての伝承にある勇者の能力と比べると、十分の一にも満たないそうだ。そして、本物の勇者には持たない欠点もある」


 彼女はそう言って、左腕の包帯を解いていく。

 その包帯を解くと現れたのは、紫色に変色した皮膚だった。


「それは、病気ですか?」

「いや、呪いだ」


 彼女はその変色した手をじっと見つめる。


「たとえば、村人たちに盗賊退治を頼まれたとする。村人たちの願いを受けて私は強くなる。だが、私が盗賊を倒したら、盗賊たちは私を恨むだろう。その恨みは私に力を与える。呪いという名の力を」

「想いが力になる……でもいい想いだけじゃないってことですか」


 私が尋ねると、エミリさんは頷いた。

 そんな……だったら、そんな依頼を断れば――って駄目だ。

 そんなことしたら、村人たちはエミリさんに失望する。依頼を受けてくれないことに対して恨むかもしれない。

 盗賊退治だけではない。

 彼女が頑張ってた戦い、その実力を示せば嫉妬する人が現れるかもしれない。

 酒場で食事をしていたとき、隣の人が自分の食事より美味しそうなものを食べているエミリさんを妬むかもしれない。

 人の恨みっていうのは、理不尽だ。

 もしかしたら、私の計り知れない理由で恨まれるかもしれない。

 それは本当に呪いだ。


「これが私の秘密だ」

「エミリさん、なんでそれを私に?」

「私はリンが隠していることを知ろうとしている。自分の秘密を何も語らずに知ろうとするのはフェアじゃないと思ってな。それで、リンが何者なのか教えてくれるだろうか? 君は聖女なのか?」

「いいえ、私は聖女ではありません。でも、とりあえず――」


 私は道具欄を確認する。


「その呪いは治しちゃいますね」

「治すってなにを?」

「呪いですよ。呪いを解く薬があるんです」


 開発画面を見る。

 あ、そろそろでき……うん、できた。

 さっき開発画面を見ていたら、解呪ポーションを見つけた。

 さすが異世界、呪いなんてあるんだ――って思って念のために作っていたら、まさかいきなり使うことになるなんて。

 取り出すと黄色い液体の入った薬瓶が現れた。


「これです――あれ? これどう使えばいいの?」

「解呪ポーションは飲めばいいですよ」


 コンシェルジュさんがそう言って、グラスの中に解呪ポーションに砂糖を入れて混ぜて差し出す。

 砂糖がないとマズイのだろうか?


「本来であれば毒見もまたコンシェルジュのつとめですが、解呪ポーションは一本丸々飲まないと効果がでません。どうぞお召し上がりください」

「あ……あぁ」


 エミリさんはそう言ってグラスをじっと見ると――まずは少し匂いを嗅ぐ。

 砂糖を入れてるから甘い匂いがするのかな?

 それとも臭い?

 無臭?

 気になる私をよそに、エミリさんはぐいっと解呪ポーションを飲んだ。


「どうですか?」

「どうだろうか……ポーションは効果が出るまで少し時間があるはずだが」

「そうじゃなくて、味は? おいしいんですか? 不味いんですか?」

「そっちか? ううむ……甘味と苦味がまざっている。苦味は苦手な人からしたら嫌いだと思うが、私は嫌いではない」


 鮎のはらわたみたいな感じかな?

 ん?


「エミリさん。腕が?」

「え?」


 エミリさんの紫色に変色していたはずの腕が、綺麗な肌に変わっていた。

 ちゃんと効果があったみたいだ。

 さすがアイリス様に貰った能力だ。

 開発能力、貰ってよかった。


「リン――やはり聖女様なのか?」

「違います」

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