第34話 遊佐紀リンはエミリに頼られる
「鳴き声を出させて全部おびき寄せてから倒す」
えぇぇぇぇえっ!?
エミリさん、何言ってるの!?
一匹でもあんなに大きなデスベルクリケットを全部集めてから倒すって、さすがに無茶が過ぎるよっ!
「ナタリア! サポートを頼む!」
「うむ、任せるのじゃ! 幻影を生み出す。
ナタリアちゃんがそう言うと、突然エミリさんの横にもう二人のエミリさんが現れた。
そして、エミリさんはゆっくりとデスベルクリケットの方へと歩いていく。
三人全く同じ動きをしている。
たぶん、本物のエミリさんは真ん中の一人で、左右のエミリさんは本物のエミリさんと同じ動きをするだけの幻影なのだろう。
ナタリアちゃんは幻影を作っている間は他の魔法が使えないからこれ以上のサポートはできないそうだ。
幻影はあくまで幻影で、攻撃できないらしいんだけど、エミリさんはこれで十分助かると言う。
リフェルさんも弓矢の準備を始めた。
ゆっくりとデスベルクリケットもエミリさんの方に向く。
向かい合うエミリさんとデスベルクリケット。
エミリさんが剣を抜いた。
直後――その音は鳴り響いた
音というか鳴き声だった。
鈴虫の声を千倍くらい大きくした声だ。
思わず私は耳を塞いだ。
地図を見ると、赤い印がこっちに集まってきている。
「エミリさん! こっちに魔物が近付いてきてます!」
私は大きな声で言うけれど、エミリさんにその声が届いているかどうかはわからない。
電車のガード下で叫んでいる気分だ。
デスベルクリケットが集まってきた。
一匹でも怖いのに、こんなに大軍で来られたら怖すぎる。
全部で十匹くらいかな?
音が止んだ。
「かかってこい」
エミリさんがそう言った。
直後、その言葉に応えるようにデスベルクリケットが一斉に襲い掛かって来る。
エミリさんとデスベルクリケットの戦いが始まった。
三体のエミリさんが同じ動きながらも別方向に動きだす。
ここでナタリアちゃんの魔法の効果の凄さがよくわかる。
本来ならエミリさんは一度に十匹のデスベルクリケットを相手にしないといけないんだけど、八匹は偽物のエミリさんに襲い掛かっていて、エミリさんが相手をするのは二匹だけで済んでいる。
「って、一匹こっちにきたっ!」
私は銃を構えるけれど、この位置、外したらエミリさんの方に飛んでしまう。
撃てない!
接近してくるまで待つ?
でも、接近してきてもそれで外れたら?
そう思ったとき、リフェルさんの矢がデスベルクリケットの眉間に命中した。
「あ、ありがとうございます」
「嬢ちゃん、戦えないなら無茶するな。こっちに来る奴は任せろ」
「はい…………」
と地図を見たとき、私は気付いた。
さっきので全部だと思ったら、さらなる大軍がこっちに向かってくることに。
「エミリさん! さらに十、二十、とにかくたくさん向かってきています!」
「やはりな。この程度では少なすぎると思っていたんだ」
エミリさんが近くのデスベルクリケットの首を斬り落として言うけど、そんな風に思ってたの?
今までより遥かに多いんだよ!
いくらエミリさんでも――
「ナタリア! 幻影の数を増やせるか!」
「無茶を言いおって……二つ操るだけでも脳がパンクしそうじゃというのに……これでどうじゃ!」
エミリさんの幻影がさらに一つ追加される。
「リフェルさん! そっちに向かう敵以外は援護の必要はない! 二人を守ってくれ」
「任せろ」
リフェルさんが矢をさらに一本取り出して言う。
そして、エミリさんは私を見た。
「リン!」
「はい! 何でも言ってください!」
「頼りにしてる!」
え?
直後、私に具体的な指示が出ないまま、増援のデスベルクリケットが押し寄せてきた。
さっきまでとは違う乱戦状況。
こんなところで銃なんて撃ったら――一匹は倒せるかもしれないけれど、その音のせいでデスベルクリケットがこっちに押し寄せてきたらリフェルさん一人では防ぎきれない。
かといって、私に何ができるの?
「まずいの。鈴虫の奴ら、幻影に気付き始めておる」
ナタリアちゃんの造った幻影を無視して、本体のエミリさんに集まりだした。
「くっ」
「エミリ」さん!
エミリさんがデスベルクリケットに囲まれた。
「大丈夫だ!」
大丈夫って、そんな囲まれてるのに……こうなったら、銃を撃ってエミリさんからデスベルクリケットを引き離すしか。
でも、それをしたらナタリアちゃんとリフェルさんが――
(頼りにしてる!)
……そうだ、エミリさんに頼りにされたんだ。
冷静になれ!
(なに?)
エミリさんは確かに囲まれている。
でも、何故か一斉に襲い掛かったりしない?
そういえば、最初に襲われたときもデスベルクリケットの十匹のうち八匹はエミリさんの偽物の方に行って、本物のエミリさんに襲ってきたのは二匹だけだった。
どういうこと?
虫が騎士道精神を持っていて多勢に無勢は卑怯だ! とか思ってないよね?
それに、虫たちはエミリさんばかり襲ってこっちに来たのは一匹だけ、それもなんで?
(あ……そっか)
虫よけスプレーだ。
本物のエミリさんは偽物にはない虫よけスプレーの効果がある。
だから近付いてくるデスベルクリケットも少ないし、あまり接近してこないんだ。
囲んでも囲み切れない。
こっちに来る数が少ないのも、私とナタリアちゃん二人分の虫よけスプレーの効果があるんだ。
あんな大きな鈴虫でも、虫は虫なんだ。
だったら――
私はそれを取りだす。
スプレータイプかと思ったら、それは薬瓶だった。
「リフェルさん! 今からこの薬瓶を投げるんで、矢を使って空中で瓶を割る事ってできますか?」
「その薬を? ……難しいが、やってみよう」
「お願いします」
私は瓶を構える。
日本にいた頃なら、ここから瓶を投げても数十メートル離れたところまで投げられない。
でも、こっちの世界に来てレベルが上がって、力も強くなった。
今の私の筋力ならきっと届くはず!
「おねがいします!」
私は薬瓶をぶん投げた。
それは思ったより上に飛んだ。
「そんなに投げたら矢が届かんぞ!」
「えっ!?」
しまった!
私は咄嗟に銃を取り出し、空に浮かぶ薬瓶目掛けて撃った。
(当たれぇぇぇぇぇぇえっ! 私は本番に強いタイプだぁぁぁぁっ!)
心の中でそう叫ぶ。
「外れたのじゃ!」
練習でできないことは本番でもできなかった。
失敗した――そう思ったとき、剣が飛んだ。
エミリさんが投げたんだ
彼女が投げた剣は、私が投げた薬瓶に命中し、そしてその薬は――殺虫剤は周囲に飛散した。
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